取調室
電車の中で飲食をする人、最低だと思いませんか?
列に割り込む人、最悪だと思いませんか?
歩き煙草をする人、最低だと思いませんか?
左側通行の場所で右側を歩く人、最悪だと思いませんか?
そういう人達を見るたびに、僕は言い聞かされてきたんです。あんなクズどもとは目を合わせちゃいけません、って。
所構わず騒ぐ子供、注意もせず微笑ましそうに見ている親。クズです。
公共の場で堂々と携帯電話で話す人。クズです。
ヘッドホンから音楽が漏れている人。クズです。
人前で平気でイチャつくカップル。破廉恥なクズです。
ね? 世界はクズで溢れかえっているでしょう?
目につくものはクズばかりです。
クズに存在価値はあるのでしょうか?
クズならば殺しても構わないのではないでしょうか?
「……それが殺人の動機か?」
苦く、大島は吐き出した。聞いていると鬱々とした気分になってくる。
「あいつらは、クズです」
そう言って、十件もの殺人を犯した容疑者はあどけなく笑った。
九件は通り魔的な犯行で、彼が逮捕されたのは十件目に母親を刺殺したからだった。
「母親もクズだった訳か?」
「あの人は自分が面倒だからという理由で自転車を駐輪場に停めませんでした。クズです」
たった、それしきのことで。思わず吐き出しそうになった怒声を、大島は呑みこむ。
「刑事さん、あなたはクズですか?」
見据えてくる瞳には狂気が潜んでいた。問いの答えを得ないまま、彼はふと目を伏せる。
「僕は、クズですか?」
自嘲、罪悪感、自責などの念は、その一言に含まれてはいなかった。彼はただ、嘆いているだけなのだ。
到底理解しがたい歪んだ性格に席を立つ。これ以上話をしていると頭がおかしくなりそうだった。
(親が過激なことを言うのも問題だな)
あれではまるで教育という名の洗脳だ。
確かに、彼が口にした人間達はマナーが悪い。だがそれは人間を殺していいという理由にはならない。
ふと、己の身を振り返ってみた。物事の正否を、加減を、子供たちにうまく伝えられているだろうか。
大島は苦い思いで後にしてきた取調室を振り返った。
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