夜に咳きこむ
また、眠れなかった。咳がひどくて横になっている方が苦しい。
僕は外へ出た。真冬の夜明け前、それは一番冷えこむ時間帯だけれど、歩いた。
剥き出しになっている顔が痛い。けれど容赦ない寒風が衝動を鎮めてくれる。
喉が痛かったけど、大きく空気を吸い込んだ。ため息みたいに吐き出して、ぽつぽつ明かりが灯りはじめている団地を見上げる。きっと早起きの奥さんが旦那さんや子供たちのために朝食の支度をしてるんだろう。
それは、あまりにも自然な想像。違うかもしれないけれど、僕も同じような朝を見てきているから。
僕は寒いけど、あの窓の向こうはきっと暖かいんだろうな。周りが昏いから余計、目に染みる。
普通の、家庭。小さいけれど大きな幸せ。僕が決して手に入れることの出来ないもの。
手に入れられないのは、望んでいないから。羨ましいとも思わない。でも、どうしてか、胸を突かれた。
もしかしたら、本当は望んでいるの?
自分の心に問いかけてみても、響かない。泣きたいくらい眩しいけれど、やっぱり望んではいない。
咳が、出た。我慢しようとすればするほど、止まらない。
頭の芯が痺れてきた。手足もうまく動かなかったけれど、誰も居ない所へ行きたかった。
どうしてスキとキライが同時に浮かんでくるの?
アイシテルとシネが同じなら、何も感じないよ。だから誰も僕に触らないで。
誰も許せない。僕は誰も信じられない。
努力してみても、どうにもならないこともある。だったら独りで生きていくしかない。
でも、人間は独りでは生きられない。そのことも、もう分かってる。
だから、お月様。夜に咳きこむ僕をずっと照らしていてください。
朝になればきっと、仮面を被れるはずだから。
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