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「バラージュってどういうこと!?」

 ウィルの衝撃的な発言から少し間を空けて、ようやく驚愕がこみあげてきた葵は声を張り上げた。葵の疑問に答えたのはウィルで、彼は淡々と坩堝島を訪問するに至った経緯を語る。その話によるとバラージュが封じられている場所を特定したのはスミンだということだったので、葵は感極まって彼女を振り返った。

「ありがとう。本当に、ありがとう」

「あおいノタメジャナイネ」

 バラージュを探し出したのは自分のためだとスミンは言っていたが、葵にとってはどちらでも同じことだった。スミンの意思には関係なく葵が礼の言葉を繰り返していると、見兼ねた様子でウィルが口を挟んでくる。

「悪いけど、アオイと二人で話したいんだ」

 スミンとユーリーはウィルの申し出にあっさりと頷き、船室の中へ入って行った。甲板で二人きりになってから、葵は改めてウィルに頭を下げる。

「ありがとう。ユーリーが私のためとか言ってたのはこういうことだったんだね」

「ねぇ、アオイ。僕が何で彼らと一緒に来たのか分かる?」

「は?」

 ウィルから返ってきた言葉が意味の分からないものだったので、葵は眉根を寄せながら頭を上げた。

「どういう意味?」

「今はまだ、分からないよね? でも僕の話を聞けば、きっと分かるようになるよ」

 柔らかな微笑みを浮かべて意味の分からないことを言った後、ウィルはその話題を捨て置いて急に話を変えた。

「アオイは英霊について、どのくらい知ってるの?」

「……過去に生きてた人だってことと、誰もが英霊になれるわけじゃないってことは、知ってるけど」

「英霊との盟約については?」

「ぜんぜん知らない」

「それなら、僕が教えてあげるよ」

 英霊を召喚するには、幾つかのパターンがある。もっとも単純なものが不特定多数の者によって召喚が可能なパターンで、この場合は英霊が誰とも特別な約束をしていないということになる。これに対して特定の人間と契約を交わしている英霊は、基本的には契約者のみにしか召喚することが出来ない。ただ盟約自体が古い場合、始祖の血を受け継ぐ者であれば融通が利く場合もある。バベッジ公爵の英霊であるフィオレンティーナ=アボガドロなどは、この例に当て嵌まる英霊だ。

「盟約の結び方にも色々あるんだけど、その説明は省くね。ここで重要なのは、盟約を結んだ英霊は誰にでも呼び出せるわけじゃないってこと。これ、覚えておいて」

 ウィルが何を言いたいのか分からないままに説明を受けている葵は、根本的な部分で腑に落ちない気持ちになりながらもとりあえず頷いて見せた。葵の理解が追いついているか確かめてから、ウィルは話を続ける。

「僕はさっき、バラージュと盟約を結んだ。じゃあ、こうするとどうなる?」

 ウィルが指を鳴らすと、彼の傍に浮かんでいたバラージュの姿が揺らめきながら消滅した。それでどうなると言われても訳が分からず、葵は眉間を深くしながらウィルに視線を移す。答えが返ってくることなど期待していなかったのか、ウィルは自ら問いの答えを口にした。

「僕が召喚するまで、バラージュが今生に姿を現すことはない。盟約の話をしたのは、それを理解してもらいたかったからなんだ」

「あのさ、けっきょく何が言いたいの?」

 いつまで経ってもウィルが核心に触れないので、痺れを切らせた葵は単刀直入に問いかけた。もったいぶった笑みを消すと、ウィルは真顔で言葉を紡ぐ。

「つまり、アオイの命運は僕が握ったってこと」

 脅迫とも受け取れるウィルの一言で、葵はさきほど彼が言っていた言葉の意味が分かったような気になった。ウィルが何故、マジスターの仲間とではなく、スミンやユーリーと共にここへ来たのか。それは幼馴染み達には知られたくない、彼だけの目的があったからではないだろうか。そしてその目的に自分が組み込まれていることを、葵は痛感した。

「私に、何かしろって言いたいのね?」

「僕の望みはたった一つだよ。それも、アオイにしか叶えられない」

「何? 私に出来ることなら何でもするから」

「じゃあ、僕と結婚してくれる?」

「けっ……こん……?」

 ウィルの申し出は完全に予想の外に飛び出したもので、あ然とした葵はしばらく開いた口を閉じることが出来なかった。






「アオイ!!」

 坩堝島の砂浜をフラフラと歩いていたら誰かに声をかけられて、正気を失っていた葵は我に返った。振り返ってみるとそこにいたのはクレアで、彼女は必死の形相で駆け寄って来る。

「こんな所におったんかいな。心配したんやで」

「あ……ごめん、その……迷子に、なって」

「ああ、分かっとるわ。とにかく、戻るで」

 クレアに抱えられるようにして歩き出したはいいものの、葵には彼女の言葉を受け止めているだけの余裕がなかった。話しかけられてもろくに返事も出来ず、船上でウィルに言われたことがグルグルと頭の中で巡っている。

「ミヤジマ」

 クレアと共に拠点に戻るとアルヴァがいて、彼は葵の顔を見るなりこちらに駆け寄って来た。大丈夫かと問われたので、葵は曖昧な笑みを浮かべる。それから、アルヴァの顔をじっと見た。

「どうした?」

 優しく問いかけられて、葵は突発的にウィルのことを話してしまおうかと思った。しかし口を開く前にウィルが言っていたことが蘇って、結局は口をつぐんでしまう。


『誰かに話してもいいけど、出来れば結論が出るまで黙っててよ。うるさく言われるのは好きじゃないんだ』


 別れ際、ウィルはそう言って葵を牽制した。その言い回しが強制的でないのは、誰かに知られたとしても手出しなどさせないという余裕があるからなのだろう。誰に相談しても、おそらくは騒ぎを大きくしてしまうだけだ。それにウィルの機嫌を損ねると、二度とチャンスすら与えてもらえなくなるかもしれない。そう考えると、葵の心は沈んでいった。

「……私、帰りたい」

「体調悪いんか?」

 気遣いの窺える表情で覗き込んできたクレアに、葵は頷くことで答えとした。バラージュがウィルの英霊となってしまった以上、もうここにいても何の意味もない。今はとにかく屋敷に帰って、一人でじっくりと考える時間が欲しかった。体はどこも悪くないが頷けば話が早く進むと思って、葵はそうしたのだった。

「出直そう。僕はマジスター達を探してくるから、クレアはミヤジマを休ませてあげて」

 葵の提案をすんなりと受け入れてくれたアルヴァは、そう言い置くと林の中に消えて行った。クレアに連れられて廃屋の中に入った葵は勧めに従い、簡易ベッドに横たわる。

「朝から何も食べてないんやろ? 何か作るさかい、少し寝てるといいわ」

「ありがと」

 クレアが部屋を出て行くのを微笑で見送った葵は、彼女の姿が見えなくなるとすぐ笑みを消した。瞼を下ろすと疲労感がどっと押し寄せて来て、体が鉛のように重くなる。しかし体以上に、心の方が重苦しかった。

 ウィルが自分を欲しているのは愛しているからという理由などではない。デート争奪戦の時にロバート=エーメリーが言っていたように、事実が明らかになって葵の価値が上がったからだろう。葵さえ手に入れることが出来れば、ほぼ全ての望みが叶えられる。愛や恋などといったものに興味がなさそうなウィルが急に積極的になったのは、ほぼ間違いなくそういった理由からだ。

(結婚、かぁ……)

 本来であれば幸福感と共にあるはずの言葉が、今は絶望と共にある。どうすればいいんだろうと呟いた葵の独白は誰の耳にも届くことなく、虚しく消えて行った。






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