特にハプニングもなくクリスマスパーティーを終えたマイは、家に帰ると料理疲れで眠ってしまった。マイがユウとの約束を思い出したのは、十二月二十六日の夜のことだった。
(ああ、忘れてた)
クリスマスパーティーの食事は好感触であり、ケーキを含めて全てがなくなった。しかしマイは慌てて階下へ行き、冷蔵庫を開ける。卵や小麦粉といったものは常備されているが生クリームやフルーツはなかった。
「おかーさーん」
すでに夕食も済んでいる時間帯だったのでリビングでテレビを見ていた母親はマイの声に振り向いた。
「なに?」
「卵使っていい? それと、お金ちょうだい」
「何に使うのよ?」
母親は胡散臭そうな表情でマイを見た。マイが手短に事情を説明すると母親はニヤニヤしながら頷く。
「いいわよ。じゃあ、卵も買ってきて」
母親から三千円を渡されたマイは気味が悪く思いながら首を捻った。
「何で笑ってるの?」
「いいから、気をつけて行ってくるのよ」
母親にあしらわれたマイは疑問を残しながらもリビングを後にした。スーパーが閉まるまで三十分という時間だったので、マイはコートを着込んで慌しく家を出る。閉店間際に買い物を済ませたマイはホッとして冬の家路を辿った。
(寒いなぁ。お風呂入りたい)
どうせ届けるのは明日なので、買い物さえ済ませてしまえば後はのんびり作業が出来る。風呂で体を温めてからケーキ作りを開始しようと思い、マイはむき出しの手に息を吐いた。
(あれ?)
ふと、マイは同じ方向に向かっている背中に目を留めた。茶色のダッフルコートに身を包んだ人物を知っているような気がしたマイは足を速める。追い抜きざまにさりげなく顔を確認し、マイは足を止めた。
「やっぱり。ユウじゃん」
「マイ? こんな時間に何してんの?」
ユウも足を止め、まじまじとマイを見た。マイはスーパーの袋を持ち上げて買い出しであることを示し、逆に問う。
「ユウこそ何してんの?」
マイに問われたユウは無言で小脇に抱えていた物を差し出した。本屋の包装を見たマイは納得する。その後、二人はどちらからともなく歩き出した。
「何買ったの?」
ユウに問われたマイは決まりが悪くて口を閉ざした。マイの態度が不可解に映ったようでユウは首を傾げる。
「言いたくないならいいよ」
ユウはそう言ったがマイは変に気を遣いたくなかったし気を遣われたくもなかった。なので、マイは正直に白状する。
「ケーキの材料」
「ふうん?」
「ユウとの約束、すっかり忘れてたから」
ユウはふと、眉根を寄せて足を止めた。つられて立ち止まり、マイはユウを振り返る。
「何? どうしたの?」
「それって、もしかして俺がケーキ持ってきてって言ったから?」
「うん。余らなかったから作ろうかと思って」
マイは至極当然のように答えたがユウはため息をついた。その後、ユウはマイに向けて空いている方の手を差し出す。
「荷物」
「うん?」
「持つから。かして」
「え、何で?」
「悪いから」
マイが煮え切らないでいるとユウはスーパーの袋を取り上げた。卵が入っているのでマイは慌ててユウに声をかける。ユウは頷いて再び歩き出した。
ユウは袋を手にしたきり、黙々と歩を進めている。ユウが怒ったような気がしたマイは恐る恐る口火を切った。
「余計なことだった?」
ひとたび口にしてしまうと、マイはクリスマスを過ぎたケーキ作りが押し付けがましいことのように思えてきた。ユウが無表情のまま振り向いたのでマイは後悔しながら俯く。しかしユウは怒っているわけではなかった。
「食べたいから。作って」
「あ、そ、そう?」
「うん。マイの料理、美味いから」
マイの両親とユウの両親は夏に揃って旅行へ出かけた。その際、マイがユウの食事を作ったのである。ユウがその時のことを言っているのだと気がついたマイはへらっと笑った。ユウは少し照れくさそうにしながら髪を掻き上げる。
「俺、一回ケーキのホール食いしてみたかったから」
嬉しいと、ユウは口の中で呟いた。もごもごとした小声ではあったがユウの言葉を聞き取ったマイは吹き出す。
「うん。明日、持って行くよ」
ユウに触れたくなったマイはダッフルコートの背中を叩いて歩き出した。ユウは前のめりになりながらも卵が入っている袋を庇う。十二月の凍てつく夜空には月が浮かんでおり、二人の帰り道を照らしていた。
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