広がる波紋

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「アル、コンバーツやるの?」

 コンバーツとはお互いに五種類の駒を使って相手を攻め立てる、チェスに似たボードゲームである。非常にポピュラーなゲームなのでアルヴァがコンバーツをやっているとしても不思議はないが、何故急にゲーム道具を取り出したりしたのだろう。葵の問いかけにはそういった疑問が内包されていたのだが、アルヴァはアルヴァで葵がコンバーツを知っていたことに不可解さを感じているようだった。

「誰に教わったんだ?」

「クレアだよ。それより、急にどうしたの?」

 初めにコンバーツというゲームを教えてくれたのはクレアではないのだが、探られるのも説明を加えるのも面倒だったため、葵はさっさと話を先に進めた。葵の言葉を特に嘘だとは思わなかったようで、眉間のシワを解いたアルヴァは椅子に腰かけながら真意を明かす。

「ミヤジマにも自然に属する魔法のことを教えようかと思って」

「それって、この魔法書に書いてあるようなこと?」

 葵が掲げて見せた魔法書は、アルヴァの姉であるレイチェル=アロースミスが教え子であるユアンに初歩の魔法を教えるために執筆したものである。アルヴァが頷いて見せたため、葵はトリニスタン魔法学園に編入する前に受けた、アルヴァの個人授業を思い返す。

(そういえば、火とか水とかの魔法って教わらなかったんだっけ)

 この世界の生まれではない葵には、自力で魔法を使うということが出来ない。教えても無駄だから教えなかったのだろうと、葵は今までそう解釈していた。アルヴァの考えもまた、葵の解釈と大差ないものだったらしい。だが彼は、先程の会話をきっかけに考えを変えたのだった。

「ミヤジマの発想は僕らの理解や常識を超えている。僕にはとても図りきることは出来ないから、とりあえず何でも教えてみることにするよ。何が必要なのかはミヤジマが自分で決めてくれ」

 だから自然に属する魔法を教えることにしたのだと、アルヴァは言う。彼の意図は理解出来たものの、まだコンバーツとの繋がりが見えてこなかったため、葵は眉根を寄せたまま問いを重ねた。

「それで、何でコンバーツ?」

「魔法には定義っていうものが色々とあってね。このゲームは基本的な魔法の定義を学ぶのに最適なんだ」

 話に聞き入った葵はアルヴァからさらなる説明が加えられるのを待っていたのだが、アルヴァはゲームの体裁を整えただけで言葉を次ぐことをしなかった。テーブルの上にボードと駒が揃ったのを見て、葵は自然とアルヴァの前の空席に腰を落ち着ける。アルヴァは葵がそこへ座るのを待っていたようで、そこで改めて口火を切った。

「まず、魔法の大前提をもう一度確認する。魔法とは先人達の知識の結晶で、この世界で生を受けた者に受け継がれる潜在的な血の力だ」

「うん、それは知ってる。魔法書や魔法陣が人間の持つ魔力と自然界のエネルギーを融合させるんでしょ?」

「その通り。じゃあ、自然界のエネルギーって何だと思う?」

「……さあ?」

 考えこんだところで分からないだろうと思った葵は大して間を置かず答えを口にした。いつもなら呆れられそうな場面だが、アルヴァは茶化すことも話の腰を折ることもなく説明を続ける。

「世界には、目には見えないけれど様々な要素が存在している。ある特定の要素を引き出して、それを具現化させるのが魔法なんだよ。ここまではいい?」

「うん。なんとなく、イメージは出来るかな?」

「じゃあ、もう少し話を進めよう。ミヤジマにはたぶん個別に説明した方が解りやすいと思うから、水を例に話を進めるね」

 水属性の魔法の特徴は「召喚」と「構築」である。どこか別の場所に存在している水を術者の元に呼び出すのが召喚であり、空気中の成分から水を生じさせる時などが構築に当たる。水属性の魔法を使いこなすには、この二つのポイントを押さえることが重要なのだ。

「他の属性にもそれぞれに特徴があるんだけど、詳細はまた今度にしよう。一度に説明しても覚えきれないだろう?」

「……それでよろしく」

「話を進めるけど、着いて来れてる?」

「今のところ大丈夫……だと思う」

「とりあえずは、これで最後だ。魔法には属性に応じて相性というものがある。それをルールにした遊びが、このコンバーツなんだよ」

 そこで言葉を切ると、アルヴァは駒が並べられているボードを指差した。少し身を乗り出してボードを覗き込んだ葵は、盤上にざっと目を走らせる。そのうちに以前クレアが言っていたことを思い出して、葵はポンと手を打った。

「火を鎮めることが出来るのは土だけとかってクレアが言ってたけど、もしかしてそういうこと?」

「それが相性だよ」

 葵の推測を肯定したアルヴァはその後、火の駒を例にとって相性の詳細について説明を加えた。

「火は木を燃やして金を融かし、火は水によって相殺される。火は風に煽られて勢いを増し、火は土によって鎮められる。これに従って駒を動かすと……こうなる」

 火の駒は木の駒を倒すことが出来、水の駒と対するときは見合いになる。風の駒が近くにある時は火の駒の動きが変則的になり、火の駒は土の駒によって倒されてしまう。その一つ一つをアルヴァが実践して見せたので、彼が言わんとしていることをなんとなく理解した葵は感嘆の息を吐いた。

「なるほど〜。そういうことだったんだ」

 クレアに説明を受けた時はよく分からなかったものの、本質を押さえてしまえば理解することは容易い。それを覚えるとなるとまた別次元の話になるのだが、今はただ理解出来たことが嬉しかった。スッキリした葵は晴れ晴れとした表情でアルヴァを見上げる。

「コンバーツって面白いね」

「ルールを無視しないで僕の相手が出来るくらいになれば、基礎は合格だよ。このセットあげるから、相手を見つけてどんどんやるといい」

「ありがと。あとさ、一つ疑問に思ったことがあるんだけど訊いてもいい?」

「疑問はそのままにしないで、その場で解決した方が身になる」

 アルヴァの口調が少し教師らしかったので、葵は妙なおかしさを感じながら疑問を口にしてみた。

「火は金を融かすって言ってたけど、金の駒なんてないよね? 何で?」

 コンバーツで使われる駒はチェスのキングに相当する太陽か月を入れて、火・水・木・土の五種類である。相性の話には出てきたのに、コンバーツでは金だけ駒がないのだ。葵はちょっとした理由から金の駒を気にかけていたのだが、アルヴァは難しい表情になって黙り込んでしまった。

「……アル?」

 いつまで経っても返事がなかったため、葵はアルヴァの顔の前で手を振ってみた。それで我に返ったらしいアルヴァは、眉間のシワを解いてから口火を切る。

「魔法の属性には火・水・木・金・土の五種類があって、木は風の、金は土の副要素なんだ。コンバーツはあくまでゲームだからね、地味な金は駒にしなかったんだろう」

「同じサブでも木は入ってるのに?」

「木の駒はある条件を満たすと花を咲かせる仕組みになってる。娯楽としては、この方が面白いだろう?」

「へぇ、そうなんだ? でもさ、金だって色々と形を変えられるよ?」

「やけに金にこだわるけど、何か理由でもあるのか?」

「だって、金がそろえば一週間なんだもん」

「いっしゅうかん?」

 アルヴァが不可解そうな表情をして首をひねったので、葵は生まれ育った世界の暦にある『一週間』の概念を説明した。以前にも一度、暦についての話をしていたため、アルヴァは思い出したように頷いて見せる。

「奇妙な合致だね」

「アル、前もそんなこと言ってたよね」

 アルヴァと暦の話をしたのは、葵がまだトリニスタン魔法学園に編入して間もない頃の出来事だ。あれから月日は流れ、葵の異世界滞在は間もなく一年を迎えようとしている。時の流れに思いを馳せているうちに焦りが胸をよぎったが、葵は首を振ることで湧き出た感情にフタをした。

「そっか、だからコンバーツが好きなのかもしれない」

「今日はどうせ授業にならないだろうし、ゆっくりと一戦交えてみようか」

「うん。教えて」

 葵が素直に頷いたためか、アルヴァはいつになく優しくコンバーツのルールを教えてくれた。初めのうちはアルヴァの態度を珍しく感じていた葵も次第にゲームにのめりこんでいき、時間が経つのも忘れてコンバーツに熱中した。






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