帰路

BACK 第五部へ 目次へ



「その、帰還の魔法っていうのが完璧に復元されたら、私は元の世界に帰れるわけね?」

「……そうだね」

 アルヴァが答えるまでにやや間があったため、気になった葵は眉根を寄せた。

「何か、隠してる?」

「いや、そういうわけじゃないよ」

「だったら話してよ。何で今、間があったの?」

 葵が一歩も譲らないという姿勢を見せると、アルヴァはため息をついてから『間』があった理由について説明を始めた。

「ファスト大陸へ渡る前に英霊の話をしたのを覚えてる?」

「うん。何となくは」

「一応、おさらいしておこうか。英霊は過去に生きていた魔法使いのことを指すけど、誰もが英霊となれるわけじゃない」

「バラージュって人は無理だってこと?」

「結論を先に言うと、バラージュは英霊として呼び出すことが出来ない魔法使いだ。だけどその理由は、彼が凡人だったからじゃない。むしろその逆で、彼は非常に優秀な魔法使いだった。だから死後かなりの歳月が経過していても彼の研究は、そのほとんどが闇に葬られたままなんだ」

 英霊は主に、その人物が生前に行っていた研究を復元させる目的で呼び出される。だがある時を境に、英霊とならないための術が確立した。それ以降の魔法使いに関しては英霊として呼び出すことが出来なくなってしまったのだが、それでも後世の人間が独力で調査・研究をし、太古の魔法を復活させた例もある。だがバラージュに関しては、死後かなりの歳月が経過しているにもかかわらず、その研究成果が明るみに出てこないのだ。これはかなり巧妙に隠されていることを意味していて、そうそう簡単には魔法を復元させることなど出来ない。アルヴァが言いたかったのは、どうもそういうことのようだった。

「そういえばおじーさんも、バラージュって人が最終的にどうなったのか知らないって言ってた」

「元精霊王の目からも逃れるくらいだから、伝えられている通りの実力者だったんだろうね。そんな人物が隠した魔法を復元させるのは、かなり骨が折れるよ」

 バラージュの話を聞いて葵が期待を膨らませているようだったから言い辛かったのだと、アルヴァは『間』を置いた理由を説明した。また暗に「焦るな」と言われた葵は深く息を吐く。

「ちなみに、他の方法はないんだよね?」

「ない、と僕は思う。この件に関してはユアンと話しなよ」

 ユアンが人王なのであれば、世界のことについて彼以上に知っている人間はいない。アルヴァがそう言うので葵は頷こうとしたのだが、彼と直接コンタクトをとる術を知らないことに気がついて眉をひそめた。

「ねぇ、アルはどうやってユアンと連絡取ってるの?」

「主に通信魔法だね。帰ったら、ミヤジマにも教えてあげるよ」

「私にも使えるかな?」

「元精霊王が魔法を使えるようにしてくれたんだろう? 問題ないと思うけど」

「でもほら、前に火を出したら丸焼けになりそうになったじゃん? ちょっと不安でさぁ」

「ああ……ミヤジマには魔力のコントロールの仕方から教えなければならないのか」

 きっと、魔力をコントロールするというのは初歩中の初歩なのだろう。アルヴァが遠い目になってしまったので葵は苦笑いを浮かべた。

「よろしくお願いします」

「まあ、僕も精霊王の力に興味があるし。学園が始まったら、しばらくは保健室通いをしてもらうことになるかな」

「そういえば、今日って何日なんだろう?」

「ゼロ大陸に戻れば分かるよ」

 アルヴァがふうと息を吐くと、葵達の周囲を覆っていた魔力が動き始めた。魔力と共に空気も動いていたが、今度は目のピントが合っている。点画のような世界にはならなかったので、葵は魔力がアルヴァの体に引き上げていく様を落ち着いて観察していた。

「なんか、生き物みたいだね」

「魔力のことですか?」

「うん。それ、どういう魔法なの?」

「……そういったことは、僕が魔力を収める前に訊いて下さい」

 嫌な顔をしながらも、アルヴァは再び魔力を放出した。周囲がまたアルヴァの魔力で覆われると、その空間を作り出している当人は先程よりも露骨に嫌そうな表情を見せる。

「訊きたいことはこれで全て済ませてくれ」

「……はい」

 自分が悪いとも思わなかったが、アルヴァが不機嫌だったので葵は素直に頷いておいた。平素であればここまでカリカリすることは滅多にないので、やはり腕の怪我が何らかの影響をアルヴァに与えているのかもしれない。その怪我自体は自分のせいだったので、葵は改めてアルヴァに悪いことをしたと思った。しかしアルヴァの方はすぐに不機嫌さを治め、先程の問いかけに対する答えを淡々と口にし始める。

「これは魔法じゃないよ。単に魔力を放出して、自分の周囲を外部から隔離してるだけ」

「へぇ。魔法じゃないんだ?」

「万全の時だったら塔の一つや二つは呑みこめるけど、今はこの程度の大きさでも強度が低い」

 そこに不満があるようで、アルヴァは眉根を寄せながら自分の魔力を仰いでいる。塔の一つや二つという発言であることを思い出した葵は、非常に複雑な気持ちになって目線を下方へと落とした。

(あの時も、こうやったわけね……)

 葵は以前、初恋の人と共にトリニスタン魔法学園内にある塔に閉じ込められたことがある。それは余計な気を回したアルヴァがしでかしたことで、葵は極度の緊張を強いられながら夜を明かしたのだ。久しぶりにそんなことを思い返していたらドキドキしてきてしまい、葵は慌てて首を振った。

「……ミヤジマ?」

 アルヴァが気味悪そうに声をかけてきたことで我に返った葵は「何でもない」と繰り返した後、不審な行動に言及させないために自分から話題を変えた。

「そ、そういえば、禁呪って何?」

 葵が苦し紛れに発した一言には予想以上の効力があり、アルヴァは一瞬にして真顔に戻った。表情が凍りついた、と言った方が正しいかもしれない。アルヴァの表情は少し怖いとさえ思えるほど真剣で、葵は眉をひそめながら彼が口を開くのを待った。

「禁呪のこと、誰に聞いたんだ?」

「レイ、だけど?」

「レイチェルが……?」

 ますます表情を険しくしたアルヴァは独白を零すと、それきり口を噤んでしまった。口元に手を当てている仕種は、何事かを考えていることを示唆している。そんなアルヴァの姿を見ていて葵はふと、ユアンが言っていたことを思い出した。

(アルの昔、かぁ……)

 過去にレイチェルと何があったのかは分からないが、もしかするとそれに『禁呪』というものが絡んでいるのではないだろうか。禁呪という言葉に対するアルヴァの過剰な反応を見て、葵は何となくそう思った。だがそれは、きっと尋ねてはいけないことなのだろう。

「話したくないなら、別にいいよ?」

 葵がやんわりと話しかけると、アルヴァは我に返った様子で視線を傾けてきた。まだ硬さは残っているものの、その端整な面に先程までの威圧感は見られない。少し間を置いてからアルヴァが苦笑を浮かべたので、どこか緊張していた葵もホッとした。

「僕に気を遣うなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「イヤな言い方しないでよ。ケガさせたこと、悪かったと思ってるんだから」

「ああ、すごく重かったよ。塔が倒れてきたのかと思った」

「…………」

 いつもの調子が復活したので、失礼なことを言われた葵は呆れ顔になった。葵の物言いたげな視線を受け止めたアルヴァはフッと表情を緩め、それから視線を逸らす。

「僕にはミヤジマを助ける義務があるからね」

 気にしなくていいとは言わないが、気にしすぎることもないと、アルヴァはよく分からないことを言う。義務という言葉の響きが妙に圧力的で、怪訝に思った葵は眉根を寄せた。

「義務って……何で?」

「前にも言っただろう? ミヤジマの力になれるのは僕だけだって」

 それがどういう意味なのかを聞きたかったのだが、アルヴァからは追及を拒絶する雰囲気が発せられていた。葵が唇を結ぶと、アルヴァはそこで話題を変える。

「どうだった? 今回の旅行は」

「……ひどい目に遭った」

「僕もだ。魔法を使えないことがあんなに不自由だとは思わなかった」

 フロンティエールには、もう二度と行かないだろう。アルヴァが真顔で愚痴っぽいことを言うので、葵は小さく吹き出した。

「アルがそんなこと言うなんて珍しいね」

「それだけ最悪だったんだと思ってくれていいよ。本当に、今回ばかりはミヤジマ相手にでも愚痴を言いたくなる」

 隠し事の多い彼にしては本当に珍しく、アルヴァはその後も『魔法が使えない』という環境についての愚痴を言い始めた。さらに話は波及して、おそらくはフロンティエールで再会をするよう仕組んでいたと思われるユアンの言動に対しても文句を言い始める。こんな機会はまたとないと直感した葵は船がネイズ国の港に着くまで延々と続くアルヴァの愚痴に耳を傾け続けていた。






BACK 第五部へ 目次へ


Copyright(c) 2012 sadaka all rights reserved. inserted by FC2 system