Youth Night

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 夜会会場の大広間ホールでは着飾った貴族の男女が音楽に合わせて踊っていた。貴族の子は教養の一つとして幼少の頃からダンスのレッスンを受けているので、皆ステップが華麗だ。踊らない者は壁際で、飲食をしたり会話を楽しんだりしている。オリヴァーとウィルも適当にパートナーを見つけて踊っていたのだが、今は壁際でグラスを片手に話をしていた。

「ねぇ。あの二人、本当に付き合ってるんだと思う?」

 そんな問いかけをしてきたウィルの視線の先にはハルとクレアの姿があって、彼らは親しげに体を密着させて踊っている。クレアは貴族ではないが、こういった場には慣れているらしく、ステップもなかなか様になっていた。ウィルから話題を振られたオリヴァーも踊る二人を見つめ、首を横に倒す。

「さあなぁ?」

「オリヴァーの目から見ても、分からない?」

「少なくとも、ステラと同じってわけじゃないな」

「そりゃそうでしょ。ステラとじゃ格が違うよ」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

 普段はあまり口に出さないが、ウィルはステラのことを何気に高く評価しているらしい。そんな、本筋とは関係のないところで興味を抱きながら、オリヴァーは『そうじゃない』理由を口にした。

「ステラの時は一筋で、他の女の子になんか目もくれなかっただろ? でも今は、まだ色々な女の子と遊んでるみたいなんだよな」

「本気じゃない、ってことだね」

「ああ。ハルにはやめろって言ってんだけどさ、クレアがそれを許しちゃってるようなところがあるからなぁ」

 女の子が放っておかないのはいい男の証だと、クレアは嬉しそうに浮気を許容するタイプなのだ。もっとも、浮気云々は彼らが本当に付き合っていればの話だが。

「アオイ、戻って来ないね」

「……そうだな。ついでに言うと、キルとジノク王子も戻って来ないな」

 ウィルが何を言いたいのか分かっていたが、オリヴァーはあえてその話題を流した。戻って来られるようならそのうちに帰ってくるだろうし、戻って来られないのならばそっとしておいてやりたい。そう、思ったからだ。

「ジノク王子は分からないけど、キルはほら、戻って来たよ」

 ウィルが指差した方向を見ると、確かに仏頂面のキリルがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

「あの女、どこ行きやがった」

 戻って来たキリルが自ら不機嫌の理由を明かしたので、オリヴァーとウィルは密かに納得した。しかし二人とも、キリルの問いかけに対する答えは持っていない。葵が未だに行方知れずだと分かると、キリルはさらに不機嫌の度合いを高めてしまった。

「あのヤローもいねーしよ」

 この『野郎』は、おそらくジノクのことだろう。二人が一緒にいるのではないかと疑って、キリルは機嫌を悪くしているようだった。

「探してくる」

 これ以上キリルの機嫌を損ねると暴れ出しそうな勢いだったため、それを危惧したオリヴァーはグラスを置いて歩き出した。ダンスの誘いを断りながら人混みを歩いていると壁際にジノクと従者の姿を見つけたため、オリヴァーは彼らの傍に寄る。

「どうした?」

 傍へ行くなりジノクがグラスを頬に当てているのが目についたので、オリヴァーは眉根を寄せながら尋ねてみた。ジノクがグラスを下ろすと、彼の頬が赤くなっているのが見える。魔法で氷とタオルを出したオリヴァーはそれで簡易な氷嚢を作り、ジノクに差し出した。

「恩に着る」

 苦笑いを浮かべてタオルを受け取ると、ジノクはそれを頬に当てた。まるで引っぱたかれたような跡だと思ったオリヴァーはその件には触れず、探していたことだけを口にする。

「アオイは? 一緒じゃなかったのか?」

「ああ。ミヤジマはおそらく、帰った」

「帰った?」

「余も、もう帰ろうと思う。皆によろしく言っておいてくれ」

 そう言い置くと、ジノクは従者を連れて行ってしまった。腑に落ちない思いを抱きながら、オリヴァーは仲間達の元へと戻る。そこにはクレアとハルの姿もあって、ダンスを終えたらしい彼らは飲み物を片手に談笑していた。

「ジノク王子は見付からなかったの?」

 ウィルが問いかけてきたので、オリヴァーは言葉を濁した。それが逆に関心を引いてしまったらしく、視線が集中する。苦笑いを浮かべたオリヴァーはジノクと葵が帰ったことだけを手短に明かした。

「なんだ、それ」

 二人が一緒に帰ったものだと思ったらしく、キリルの顔つきが険しくなる。そういうわけではないことを、オリヴァーは私見を交えながら説明した。葵とジノクが別々に帰ったことを聞くと、キリルはひとまず大人しくなる。

「何かあったんか?」

 キリルとの話が途切れたところでクレアが容喙してきたので、オリヴァーは彼女から外した視線を上方へと向けながら口火を切った。

「たぶん、な。本人から聞いたわけじゃないから確かなことは言えないけど、そんな感じがした」

「うちも帰るわ。アオイが心配やし」

 そう言うと、クレアはハルと別れのキスを済ませてから姿を消した。

「それで? 何がありそうな感じだったの?」

 クレアの後ろ姿が人混みに紛れてしまうと、ウィルがさっそく尋ねてきた。仲間内だけになったということもあって、オリヴァーは苦笑いをしながらそれに応える。

「頬、腫らしてた。叩かれたような跡だったな」

「叩かれてたよ」

 ハルが不意に口を挟んできたので、その場の視線は彼に集中した。しかし気まぐれで言葉を発しただけらしく、ハルには言葉を続けるような気配がない。こういう時はいくら待っても無駄なので、あまり間を置かずにウィルが会話を続けた。

「ハル、念のために確認しておくけど、それってアオイにってこと?」

 ウィルの問いかけにハルが頷くと、キリルが急に気色ばんだ。

「あのヤロウ! あの女に何しやがったんだ!」

「キルが怒りそうだから、言わない」

「ハル、バカ?」

 もう怒ってるというウィルのツッコミに、オリヴァーは無性に懐かしさを感じて笑ってしまった。こうして仲間内でいる時のハルは何も変わらないのに、何故女性関係だけが急に派手になってしまったのか。いや、『何故?』と思うのは適切ではないかもしれない。その理由は、明白なまでに分かりきっているからだ。

「言っても言わなくても同じなら言いなよ」

「じゃあさ、交換条件。キルも俺の質問に答えてよ」

 教えるよう促しているウィルにではなく、ハルはキリルに交換条件を持ちかけた。いいから早く言えとキリルが怒鳴ると、ハルはもったいぶって顔を背ける。

「俺の質問が先。じゃないと教えない」

「うざってーな! 何が聞きてーんだよ!」

「キルはどうしてアオイのこと好きになったの?」

 それまで苛立ちに任せて喋っていたキリルが、ピタリと口を止めた。止まったのは口だけではなく、唐突で予想外の問いかけに体も固まってしまっている。オリヴァーやウィルもハルがそんな質問をしたことに驚いていたが、同時に興味もあったので、黙って二人のやり取りを見守っていた。

「何……言ってんだ?」

 あ然としているキリルがなんとか言葉を搾り出すと、ハルは再びそっぽを向いた。

「答えになってない。ちゃんと答えないなら俺も教えないからな」

「なに興味持ってんだよ。おかしいだろ?」

「別におかしくはないんじゃない?」

 そこでウィルが口を出したので、キリルとハルの視線は彼に向かう。何を言うのかと、オリヴァーもウィルを凝視した。注目を集めても気にすることなく、ウィルはキリルに向かって言葉を次ぐ。

「キルだっていつも僕達のプライベートを暴きたがるじゃない。ハルが言ってるのもそれと同じことだよ」

「ちょ……待て、どういうことなんだよ?」

「キルが自分から誰かを好きになるなんて初めてだから何があったのか知りたい、そういうことでしょ?」

 ウィルはハルに同意を求めたが、無表情でいるハルはうんともすんとも言わなかった。彼が何を考えているのかは謎だが、キリルの方はウィルの発言に過剰な反応を示す。

「だから! あんな女好きじゃねーって言ってんだろ!!」

「まだそんなこと言ってるの?」

 キリルとウィルの間で不毛な言い争いが勃発してしまうと、ハルは急に興味をなくしたような様子でグラスを置いた。その姿が人混みに紛れて行くのを無言で見送っていたオリヴァーは、ハルがさっそくドレス姿の女の子に声をかけているのを目にしてため息をつく。

「今夜はあの子と夜を明かすのかな?」

「……あいつ、本当にどうしたんだ?」

 いつの間にか言い争いを終了させていたウィルとキリルがそれぞれに呟いていたが、そのどちらにも応えられなかったオリヴァーは肩を竦めるだけに留めておいた。






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