告白

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 冬月とうげつ期最初の月である白銀の月の十八日。その日も冬月期らしく、朝から大粒の雪が降り注いでいた。クレアと共にトリニスタン魔法学園アステルダム分校に登校した葵は生徒で賑わうエントランスホールで彼女と別れ、一人で校舎一階の北辺にある保健室へと向かう。しかし魔法の鍵マジック・キーを使って扉を開けると、そこに見慣れた姿はなかった。

(あれ?)

 いつでも大抵、アルヴァはこの窓のない部屋にいる。故意に避けられてこの部屋へ来ることが出来なかったことはあったが、部屋には入れるのにアルヴァがいないというのは初めてのパターンではないだろうか。そう思った葵が眉根を寄せていると、やがて転移魔法によってアルヴァが姿を現した。デスクに置かれていた白衣を羽織ると、彼はそのまま椅子に腰を落ち着ける。顔を合わせても口をきかなかったこともさることながら、背もたれに体を預けて空を仰いだアルヴァの顔色が悪かったので、心配になった葵は傍へ寄ってみた。

「アル、どうし……お酒くさっ!」

「……大声を出さないでくれ」

 こめかみの辺りを指で押さえているアルヴァの様子から察するに、どうやら顔色が悪いのも二日酔いのせいらしい。煙草を吸うのは知っていたが、アルヴァに酒飲みというイメージはなかった。葵は悪臭を放つ彼から少し距離を置き、意外な面持ちで言葉を重ねる。

「アルってお酒も飲むんだ?」

「そりゃ、大人だからね」

 時にはこういうこともあると、アルヴァはぐったりしながら言う。アルヴァが大人であることは葵も認めているが、彼が酒に呑まれるタイプとは意外だ。酒は飲んでも呑まれるなと、よく母親が父親に言っていたのを思い出した葵は気分が悪そうなアルヴァを不憫に思いつつも小さく吹き出してしまった。

「寝る」

 どうにもこうにも体調が優れないようで、アルヴァはそれだけを口にするとフラフラと簡易ベッドに向かった。その後を追った葵は、ベッドに倒れこんだアルヴァが安らかに眠れる体裁を整えてやってから本題を口にする。

「昨夜はありがとね。それだけ言いたかったんだ。じゃ、おやすみ」

 掛け布団を頭までかぶったアルヴァが手だけを覗かせてヒラヒラと振って見せたので、葵は昼休みにでもまた様子を見に来ようと思いながら『部屋』を後にした。

(それにしても、意外な一面を見ちゃったなぁ)

 アルヴァのことを『完璧でスマートでカッコイイ』などと思っているクレアが今の彼を見たら、どういった反応をするだろう。密かにそんなことを想像して楽しみながら、葵は校舎二階にある二年A一組の教室へと向かった。すでに予鈴が届けられているので、廊下や教室は登校してきた生徒達が談笑する声で賑わっている。それは葵の所属する二年A一組も同じだったが、ふと窓際の空席に目を留めた葵は朝から少し物悲しい気分になってしまった。

「なんや、早かったな」

 先に教室へ行っていたクレアが声をかけてきたので、葵は感傷を振り払ってから彼女の傍へ寄る。しばらく談笑していると校内に本鈴が鳴り響き、老齢の担任教師が姿を見せた。そこでジノクがフロンティエールに帰ったことが知らされると、あちこちで囁き声が発生する。生徒の出欠確認をした担任が一度教室を出て行くと、前の席に座っているクレアが話しかけてきた。

「いなくなると、寂しいもんやな」

「……そうだね」

「今の言葉、ジノクが聞いたらきっと喜ぶで。アオイに気にかけてもらえたーって」

 からかい口調だったが、それがクレアなりの慰め方なのだと思った葵は笑みで応えた。実際にはもう彼の喜ぶ顔を見ることは出来ないが、それでいいのだ。寂しさは感じるが、後悔はない。そう思えるのは、アルヴァが本音を吐き出させてくれたからだろう。

「調和を乱す人がいなくなって、せいせいしましたわね」

 不意に、どこからか無粋な声が聞こえてきた。その一言を皮切りに、くすくすと笑う陰湿な声が教室の中で渦を巻く。

「本当ですわね。魔法もろくに使えない人が大きな顔をしていたので、あの王子さまがいる間は肩身が狭かったですわ」

「そのお気持ち、分かりますわ。王族とはいえ、しょせんはあのフロンティエールの王子ですものね。二年A一組の品位を貶めただけで、何の役にも立ちませんでしたわね」

 本人がいないのをいいことにあからさまな嫌味を口にするクラスメート達に、葵はムッとした。廊下側の席を振り向いてみると、悪態の根源には案の定な人物の姿がある。陰口を叩いているのは廊下側の席に集っている数人の女子生徒で、その中心には吊り目の少女が座していた。彼女の名はココといって、このクラスの女子を仕切っている存在だ。

 ココは以前、ジノクと一悶着あった。彼女がジノクのことを悪く言うのは、きっとその時のことを根に持っているからだろう。それにしてもあんまりな言い様だと思った葵が睨みつけると、こちらに視線を傾けてきたココは他人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「どこかの国の王子さまだけではなく、魔法をろくに使えない人間には学園を去って欲しいものですわ。あと二人ほど、そういった方がいますものね」

 ココが取り巻きに向けて言うと、彼女達の周りではどっと笑いが起きた。カチンときた葵は思わず、拳を握って立ち上がろうとする。しかしそれは、クレアに腕を引かれたことにより制された。

「止めときぃ」

「でも……」

「ジノクに相手にされんかったから僻んどるんや。言わしとったらええねん」

「誰が、誰に、相手にされなかったですって?」

 クレアの嫌味返しが気に障ったらしく、席を立ったココが近付いて来た。傍に来たココに対し、クレアは先程彼女がやったように他人を小馬鹿にした笑みを浮かべて迎える。

「なんや、聞こえてもうたか」

「聞こえるような声で言っておいて、よくもまあぬけぬけとそんなことが言えますわね。聞き捨てならないことを言わないでいただけます? フロンティエールの王子など、わたくし達が相手にしていなかったのですわ」

 これはココだけの思いではなかったらしく、クラスの大半の女子生徒が大袈裟に頷いている。その上で、葵とジノクが教室でイチャついていたのが目障りだったという声が上がった。いつの間にか完全に対決姿勢になってしまっていることに、乗り遅れた葵はポカンと口を開ける。しかし呆けている葵を置き去りにして、対立はどんどん深刻化していった。






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