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 トリニスタン魔法学園アステルダム分校の校舎を二人の少女が並んで歩いていた。そのうちの一人の少女は肩下まで伸びた漆黒の髪に同色の瞳といった、世界でも珍しい容姿をしている。学園の制服である白いローブではなく、ワイシャツとチェックのミニスカートという出で立ちをしている彼女の名は宮島葵。自身が所属する二年A一組の扉を開けると、葵はそこで目にした光景に「またか」と胸中で呟きを零した。

 トリニスタン魔法学園では鐘の音がスケジュールを管理していて、生徒達は自宅に予鈴が届けられると一斉に登校してくる。平素であればこの時間帯には、教室が四十名ほどの生徒で埋め尽くされているのだ。しかし今朝は、室内に十数名の生徒の姿しかない。それも男子生徒ばかりなのには、この学園に特有のちょっとした事情があった。

「なんや、今日もガラガラやな」

 葵の後ろから室内を覗き込んだ少女が、独特の訛がある言葉を発した。赤味の強いブラウンの髪と、肩口に乗せているワニに似た魔法生物が目を引く彼女の名はクレア=ブルームフィールドという。クレアが窓際の自席へと向かったので、葵も彼女の後を追って教室に入った。

 二年A一組の約半数を占める女子生徒が始業間近になっても教室に姿を現さないのは、一言で言えばマジスターのせいだった。マジスターの中でも特にキリル=エクランドのせいで、少女達は話をつけるために彼の元へ赴いているのだ。何の話かと言えば、葵に向かって「オレに惚れろ」などと言い放ったキリルを思い止まらせるための、主に説得である。昨日もそうした理由で教室から女子生徒の姿が消えていたため、今日もきっと同じなのだろう。

「無駄な努力、ごくろーさんやな」

 クラスメートだけでなく、マジスターに夢中になっている女子生徒全てを嘲って、机に頬杖をついたクレアが皮肉な笑みを浮かべる。机に対して横座りでクレアの方を向いている葵は何も言わずに渇いた笑みを浮かべた。

「ジノクの時みたく、キリルにも本当のこと言うんか?」

 クレアが口にしたジノクとは、つい先日までクラスメートだった少年のことである。フロンティエールという国の王子である彼は葵を追いかけて学園に来たのだが、葵が「好きな人がいる」と打ち明けると母国へ帰ってしまった。その時と同じ対応をキリルにするのかと問われた葵は顔を曇らせて口火を切る。

「そのことで、クレアにちょっと話があるんだけど」

「何や? ここでは言いにくいことなんか?」

 いつもこちらを観察するようにしている女子の姿がないとはいえ、さすがに教室では話し辛い。そう思った葵が昼休憩の時にでも話すと言うと、クレアは頷いてから視線を移した。

「さっきからチラチラこっち見とる、そこの連中。言いたいことがあるんやったらこっちぃや」

「え?」

 何の話かと思った葵が背後を振り返ると、確かに男子生徒達が一様にこちらを注視していた。まるで話しかけられるのを待っていたかのように、彼らは葵とクレアの周りにわらわらと集って来る。葵が目を瞬かせている間に人の輪は完成し、クラスメート達が次々に話しかけてきた。

「アオイさん、あのキリル様をどうやって射止めたんだ?」

「マジスターの中でも特に気難しいので有名なのに、キリル様が女の子を好きになるなんて信じられないよな」

「そうそう。あの告白もどき? を実際に見てても信じられなかったもんなぁ」

 マジスターに関心があるのは、どうやら女子生徒に限ったことではないらしい。しかし男子生徒のそれは好奇心と言うよりは、珍しい出来事を共に楽しみたいという底の浅い感情からきているようだった。事実、彼らは当事者である葵をほっぽって、口々にキリルの『告白』に関する推測をしている。質問を投げかけられながらも捨て置かれた葵が呆けていると、やがてクレアが勢い良く手を叩いた。

「はいはい、そこまでや。興味があるんは分かるけど、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまうで?」

「いや、ジャマしようなんて思ってないし」

「ブルームフィールドさんてさ、何でも堂々と言い切るよな」

 それが的外れなことであっても。誰かがそう言うと、周囲からどっと笑いが起こった。男子生徒達がワイワイしている中、クレアが怒り出しそうだと思った葵は恐る恐る彼女の顔色を窺う。しかし意外にも、クレアは平然としていた。

「アオイさんも変わってるけど、ブルームフィールドさんも相当面白いよ」

「うちの女子ってとっつきにくい奴が多いけど、二人はそうでもないよな」

 そんなことを言い出したクラスメート達は、葵やクレアとはこんな風に話がしてみたかったのだと付け加えた。葵とクレアの他には女子の姿がないせいか、彼らの口は次第に軽くなっていく。ついにはクラスの女子に対する愚痴めいたものまで飛び出したので、葵は驚いてしまった。

(そんな風に思ってたんだ)

 他のクラスはどうなのか分からないが、少なくとも二年A一組においては、男子よりも女子の方が圧倒的に強い。というのも男子生徒達は、自ら厄介事に関わらないようにしているからだ。そんな男子生徒達に女子生徒は興味を示さないし、彼らをまるでいないもののように扱っている。そのため男子生徒達は影が薄いのだが、内心では女子生徒の小馬鹿にするような態度に腹を立てているらしかった。

「特にさ、あの吊り目。あいつ、最悪だよな」

 今話題に上っている『吊り目』とは、おそらく二年A一組の女子を仕切っているココという名の少女だろう。マジスターに夢中になっているココにとっては彼ら以外は『男』ではなく、彼女はクラスの女子の中でも特に男子生徒を軽視しているのだ。そういった態度が、彼らの反感を買っているらしい。

「ことある毎にマジスターマジスター言ってるけどさ、どうせ振り向かせらんないんだから、さっさと諦めればいいのにな」

「あいつだってどうせオレらみたいな中流と結婚するんだぜ? それなのにオレらのことバカにしやがってさ」

「はい、ストップ。そこまでや」

 クレアが不意に口を挟んだので、ヒートアップしかけていた男子生徒達は一様に口をつぐんだ。その場の視線を一手に集めたクレアは淡々と言葉を重ねる。

「本人のいない所で悪口言うとっても何も改善せーへん。性格改めろっちゅー話なら、うちらよりココに言えばええやろ?」

 クレアがココを庇うような発言をしたので、男子生徒達は一様に怪訝そうな面持ちになった。それというのも彼らは、クレアとココが犬猿の仲であることを知っているからだ。

「ブルームフィールドさんってさ、あいつのこと嫌いなんじゃないのか?」

「確かに好きやない。せやけどなぁ、うちはジメジメしたもんがもっと嫌いやねん。男やったらこないな所でグチグチ言うとらんと、がつんと一発かましたれや」

 クレアは決して声を張り上げたりしているわけではなかったのだが、毅然とした物言いは喝を入れられたのと同様の効果を男子生徒達にもたらしたらしい。男子達のクレアを見る瞳に羨望と敬意を感じ取った葵は、今にも「姉御!」と言い出しそうな彼らの無言の言葉を汲み上げた。陰口は嫌いだとはっきり宣言し、なおかつ相手に対する文句は全て本人を前にして言うところが、クレアのすごいところだ。今までにも幾度かそういった場面に出会ってきているだけに、葵はクレアらしい物言いだと口元を緩めた。

「クレアってさ、ほんとストレートだよね」

 教室に老齢の担任教師が入ってきたことで男子生徒達が散って行った後、葵はクレアにだけ聞こえるように声を潜めて話しかけた。朗らかな笑みを浮かべたクレアは褒められたと受け取ったらしく、胸を張っている。それが自分の長所だと軽口を言うクレアに笑い返した後、教室前方のブラックボードに視線を移した葵はクレアとは別の少女の姿を脳裏に浮かばせた。

弥也やや……)

 弥也は葵が元々いた世界での友人で、彼女もクレアのようにさっぱりとした性格をしていた。今は世界を隔ててしまっているので会うことは出来ないが、何故か携帯電話は繋がるので声を聞くことは出来る。彼女に電話をしなければならなかったことを思い出した葵はそっと、携帯電話を忍ばせているスカートのポケットに手を触れた。






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