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「ところで、オロール城に行ったそうだね」

 アルヴァが紅茶を淹れながら話題を変えてきたので、やっぱり知っていたかと思った葵は頷いてから口を開いた。

「まずかった?」

 マジスターと出掛ける前に、本当はその可否をアルヴァに問いたかった。しかしあの時はアルヴァの方も大変だったので、事前の確認が取れなかったのだ。葵はずっとそのことを気にしていたのだが、アルヴァは意外とあっさり首を振る。

「何か考えがあってのことだったんだろう?」

「うん。ちゃんと話、しようと思って」

 キリルときちんと話をして、友達とも呼べないような妙な関係を終わらせる。そのために、葵はオロール城に行ったのだ。オロール城では想定外の出来事もあったが目的は達したため、葵はそのことをアルヴァに報告した。

「それで、キリル=エクランドは納得したのか?」

「それは分からないけど、納得しなくても終わりにするから」

「物言いが妙だけど、何かあった?」

「……別に、何もないよ」

 そうは言ったものの、葵の表情は明らかに強張っていた。そのことは自分でも分かっていたので、アルヴァを見ることが出来ずに目を伏せる。しかし追及されると身構えていても、アルヴァはその話題を掘り下げることをしなかった。

「オロール城はどうだった? 噂によると、すごいらしいね」

「すごいって、何が?」

「空に光のカーテンがかかるんだろう? あれは魔法では再現出来ないから、あの城は有名なんだよ」

「ああ、オーロラのことね。すごい、きれいだったよ。まさか月と一緒に見れるとは思わなかったなぁ」

「へぇ、ミヤジマの世界では『オーロラ』っていうのか。この世界ではオロール現象って呼ばれてるよ。まあ、似たような響きだけど」

「あ、それで『オロール城』なんだ?」

「そういうこと」

「アルは行ったことないの?」

「ない。オロール現象を見てみたいとは思ってるんだけどね」

「じゃあさ、今度一緒に行こうよ。アルとなら安心だし」

 気楽な調子でアルヴァを誘った葵は、自分がポロリと本音を零したことに気付いていなかった。『安心』という一言をどう受け止めたのかは分からないが、アルヴァは少し間を置いてから「いつかね」とだけ言う。そこで話が途切れると、アルヴァは何かを思い出したかのようにデスクに向き直って引き出しを開けた。

「ミヤジマ、これ」

「あ、私のケータイ」

 見慣れた私物を目にした葵は喜々として、アルヴァが差し出してきた携帯電話を受け取った。二つ折りタイプの携帯電話をさっそく開いてみると、待ち受けにしている画像が現れる。久しぶりに最愛の芸能人を目にした葵は無意識のうちに顔をほころばせた。一人で笑っている葵を見て、アルヴァが気味悪そうに眉根を寄せる。

「嬉しそうだな」

「うん、嬉しいよ。ほら、カッコイイでしょ?」

 彼氏自慢でもするように、葵は誇らしげに携帯電話の画面をアルヴァに向けた。そこに映りこんでいる黒髪の少年を見て、アルヴァは眉間のシワをさらに深いものにする。

「これは……ジノク王子?」

「確かに似てるけど、違う。私が一番好きな芸能人だよ」

「ゲイノウジン……」

 難しい表情で空を仰いだアルヴァは、しばらくするとポンと手を打った。以前に芸能人がどういうものなのか説明したことがあるので、その時のことを思い出したのだろう。加藤大輝がどういう存在なのかを認識すると、アルヴァは改めて携帯電話の画面を凝視した。

「しかし、似てるな」

「似てるよね。私も初めてジノクを見た時は驚いたよ」

「ミヤジマはこの少年とだったら、恋人同士になりたいと思うのか?」

「えっ、どうだろう」

「そういうものでもないのか……」

「同じ世界にいても芸能人って特殊だからね」

 夢と現実の区別がつかないほど、葵は子供ではない。加藤大輝のことは大好きだが、それはあくまでも対象が芸能人であると承知してのものなのだ。そうした割り切りがアルヴァにはよく分からないらしく、彼は眉根を寄せて「難解」だと独白を零している。アルヴァはどちらかと言えば芸能人寄りの人間なので、理解出来ないのも無理はないだろう。そう思うと何だか不思議で、葵は改めてアルヴァを見つめた。

(アルだって十分、芸能人っぽいんだよねぇ)

 出会った時から特殊な関係にある葵はアルヴァに熱を上げることは出来ないが、彼の外見は十分に女性を惹きつける要素がある。もし違った出会い方をしていたら、クレアのようにカッコイイと騒いでいただろうか。そんな自分を想像するとおかしくて、葵は一人で忍び笑いをしてしまった。

「……ミヤジマ?」

「何でもない」

 まだ笑いを収めきれていない葵は説明を省き、携帯電話をスカートのポケットにしまった。話は終わったのでそのまま踵を返すと、席を立ったアルヴァが呼び止めてくる。手招きされた葵は首を傾げながらアルヴァの傍に寄り、そこで目にしたものに驚きを露わにした。

 『アルヴァの部屋』は保健室に酷似していて、簡易ベッドが幾つか並んでいる。それらはカーテンで仕切れるようになっていて、アルヴァがそのカーテンを退けると、そこにディ・ナモと呼ばれる自転車型の発電装置が姿を現したのだ。

「これ……」

「ディ・ナモ弐号機。ミヤジマへのプレゼントだそうだ」

 この装置を作ったのはマッドという青年で、彼と会った際、アルヴァはこれを贈呈されたのだという。これからはマッドに頼まなくてもこの部屋で携帯電話の充電が出来ると知って、葵は顔を輝かせた。

「うわぁ、嬉しい。今度マッドに会ったら、私がお礼言ってたって伝えておいてね」

 アルヴァが頷いたところで話を切り上げた葵は、校舎三階にある教室に戻ることにした。まだ昼休み中のため、校内はガランとしている。教室にも誰もいないだろうと思って進入したのだが、そこには数人のクラスメートの姿があった。

「あら、アオイさん」

 葵の姿を見咎めて声をかけてきたのは、サリーという名の少女だ。彼女が近付いて来たので、葵は反射的に身構える。後に続く言葉は嫌味だと確信していたのだが、サリーは意外にも好意的な笑みを向けてきた。

「試験、見させていただきましたわ。アオイさんはわたくし達の知らないところで努力を続けていらしたのですね。その心意気、ご立派です」

 サリーが葵を持ち上げるようなことを言うと、彼女と一緒にいた女子生徒達も次々に特別試験のことを口にした。それは決して嫌味ではなかったのだが、逆にそれが怪しいと感じた葵は渋い表情を作る。葵が警戒していることはそれで伝わったはずだが、サリーはそれでもにこやかに話を続けた。

「アオイさんに是非、見ていただきたいものがありますの。わたくし達と一緒に来ていただけませんか?」

「……悪いけど、」

「そう仰らずに。行きましょう?」

 渋っていると手を取られてしまい、葵は結局、サリー達と教室を後にした。彼女達の不自然な態度は何か企みがあることを如実に表していたが、今は抵抗する術がなかった編入当初とは違う。いざとなれば空を飛んで逃げることも可能だったので、葵はとりあえず様子を見ることにした。

 サリー達に連れて行かれたのは校舎の四階にある一室だった。一般の教室と違って机もブラックボードもないその部屋では、床に描かれている魔法陣がよく見える。その部屋の様子に何となく見覚えがあるような気がして眉をひそめていると、突然、背中を押された。

「何する……」

 よろめいて魔法陣の上に乗った葵は文句を言おうと振り返ったのだが、次の瞬間には足元から立ち上る光で視界を閉ざされていた。






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