「ところで、」
話が一段落すると、アルヴァは気になっていたことを尋ねるために改めて口火を切った。ティーカップを傾けていたユアンはそれをソーサーに戻してから目を向けてきたが、アルヴァは二の句が継げずに咳払いをする。尋ねるにはかなり勇気がいることだったが、アルヴァはなんとか気持ちを立て直し、再度口火を切った。
「僕の記憶を見たそうだが、何をどこまで知ってるんだ?」
「ああ、そのこと」
気になってたんだと言うと、ユアンはニヤリと笑う。その微笑みに悪意を感じたアルヴァは頬を引きつらせた。
「アル、子供の頃はレイのこと『おねえちゃん』って呼んでたんだね。カーワイイ」
ユアンがニヤニヤしながら過去を暴くので、頭に血が上ったアルヴァは手近にあった枕を掴んで放り投げた。しかしアルヴァの行動など予測済みだったようで、ユアンは軽々と躱してケタケタ笑う。
「知ってるよ。アルがレイにコンプレックスを抱いていたことも、敵わないと思って諦めたことも。レイのことが大好きだってこともね」
「……その口を閉じろ」
「自分から訊いてきたくせに本気で怒らないでよ。まあ、いずれにせよ、アルはもう僕とアオイには頭が上がらないね?」
ユアンが葵の名前を出したことで、アルヴァは初めて彼女の存在に思いを及ばせた。そしてサッと、青褪める。
「……そうか、ミヤジマも知っているのか……」
「何? アオイに知られると困ることでもあったの?」
「いや、別に……そういうことでは……」
「でも明らかに、僕に知られた時より動揺してるよね?」
「そんなことはないよ」
口ではそう言いながらも、アルヴァは自分が明らかに動揺していることに気がついていた。その原因を探っているうちに、ユアンが言葉を続ける。
「アル、僕はともかく、この話を聞いたらアオイには絶対頭が上がらなくなると思うよ」
「……何かあるなら、もったいぶってないで早く言え」
「実はね、アオイは一度元の世界に帰ることが出来たんだ」
「何だって?」
ユアンの口から飛び出したのは想像もしていなかった科白で、驚いたアルヴァはそのままポカンと口を開けた。先程からクスクスと笑っているユアンは楽しそうに言葉を重ねる。
「でもね、アルが心配だからって戻って来ちゃったんだよ。アルを復活させるにはアオイの力も必要だったから僕はすごく助かったんだけど、アオイはまた元の世界には帰れなくなっちゃった。だけどね、アオイはそのことも覚悟の上で戻って来てくれたんだよ」
ユアンの明かした事柄は呆気に取られる、などといったレベルのものではなかった。驚愕しすぎて、感謝の念も浮かんでこない。ただバカだと、アルヴァは思った。
「ありがたいよね。アルのこと、そこまで真剣に考えてくれる女の子がいるんだよ?」
「……何故……」
「だから、アルのためだってば。大切な人なんだって、アオイが言ってたよ」
その言葉を聞いた刹那、アルヴァの中で何かが弾け飛んだ。爆発したそれは口をついて出そうになり、アルヴァは焦って口元を手で覆う。見る見る赤くなっていくアルヴァを見て、ニタリと笑ったユアンは「惚れちゃった?」などと軽口を言った。否定することも出来なくて、アルヴァは手に顔を押し付けるようにして俯く。
「あれ? ほんとに好きになっちゃったの?」
「……思い当たることが、ある」
ミヤジマ=アオイという少女に対して複雑な気持ちを抱くようになったのは、いつからだっただろう。それが恋情なのだと言われれば納得出来る部分があるのだから、もう認めないわけにはいかない。また茶化されると思ったアルヴァは先手を打って睨みを利かせたのだが、ユアンは冷やかしの表情など浮かべていなかった。純粋に嬉しそうに、彼は「やったぁ」と言ってはしゃぐ。
「……その反応は何なんだ」
「だって、二人が結ばれちゃえばいいと思ってアオイをアルに預けたんだもん」
「そんなことを考えていたのか……」
「うん。僕はアオイをお嫁さんにすることは出来ないけど、気に入った女の子をどこの馬の骨とも分からない人に取られちゃうのはシャクじゃない? でも、アルならいいと思って」
「……ツッコミどころが多すぎて言葉が出ないんだが」
ユアンの言い分が凄まじく身勝手なものだったので、アルヴァは呆れてため息をついた。その後で、知らず知らずのうちに彼の思い通りのことをしてしまった自分にも呆れがこみあげてくる。
「浮かれてるところ悪いんだけど、ミヤジマは僕を好きにはならないそうだよ。計画通りにはいかないみたいだね」
「もう、アルの幸せを願ってるのにノリが悪いんだから。好きにならないって言われてるんだったら、好きにならせちゃえばいいじゃない」
得意でしょと、ユアンは事も無げに言う。確かに女性を口説くのは得意だが、葵だけは勝手が違うのだ。今更どうにもならないと思ったアルヴァは苦笑いで話を終わらせようとしたのだが、ユアンがそれを許さなかった。
「アルがその気になったんだったら絶対絶対、射止めてよ。じゃないと法改正して、この国を一夫多妻制にしちゃうから」
「……そんなにミヤジマが好きなのか?」
「うん。シュシュの伴侶に選ばれてなかったら僕が自分でお嫁さんにしてるよ」
「それは、罪滅ぼしのためじゃなく?」
「違うよ。アオイみたいな女の子なんて滅多にいないんだから」
どうしてそこまでこだわるのかと尋ねてみると、ユアンは葵が許してくれたからなのだという。詳しい話を聞いてみるとそれは出会った頃のことで、葵は自分を勝手に召喚したユアンをすぐに許したらしい。
「ミヤジマは怒らなかったのか?」
「怒ってたよ、もちろん。でも色仕掛けで迫ったらカンタンに許してくれた」
「……それは許されたとは言わないんじゃないか?」
「そうだね。でもさ、アオイはすぐ怒るのをやめて普通に接してくれた。許してはくれてなかったんだとしても、普通はそんなこと出来ないでしょ?」
ユアンの言う『普通』を、アルヴァは自分に置き換えて考えてみた。葵と同じ状況に立たされたのなら、普通はユアンの顔も見たくないだろう。それがすぐさま普通に話が出来る状態になったのなら、葵は普通ではないと言わざるを得ない。確かに凄まじい適応能力だと、アルヴァは感心して頷いた。
「そういえばミヤジマには、すぐに人を許すところがあるね」
「でしょ? アルってばアオイとずっと一緒にいて、いまさら気がついたの? 遅い、遅すぎるよ」
もっと早くに葵の良さに気付いて欲しかったと、ユアンは唇を尖らせて文句を言う。もっともな意見だと思ったアルヴァは苦笑いを浮かべた。
「そうだね。もっと早く、まだミヤジマの周りに人がいなかった頃に気付いていれば良かったと思うよ。そうしたら、僕だけしか見えないようにしていたのに」
「……アル……」
「うん?」
「今、すごいこと言ってるの自分で気付いてる?」
「そうかな? このくらい普通だろう」
「やっぱり、アルって……」
天性の女誑しだ。ユアンが聞こえるように呟いていたが、さらりと受け流したアルヴァはシニカルな笑みを浮かべて見せた。
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