デートの行方

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 トリニスタン魔法学園アステルダム分校のグラウンドで第三戦のドロケイが行われている頃、葵は一人、見知らぬ場所で途方に暮れていた。

(えっと……何でこんなことになったんだっけ?)

 こめかみに指を押し当てた葵は眉根を寄せて瞼を下ろし、自分の行動を思い返してみることにした。事の始まりは確か、トイレに行くために校舎に戻ったことだった。用事を済ませて校舎を出ようとすると足下が急に光り始め、エントランスホールに魔法陣が出現した。魔法陣から立ち上る光に視界を奪われた後、目を開けてみると見知らぬ部屋の中に佇んでいたのだ。しかもこの部屋には、扉も窓もない。出るに出られず、葵は仕方なく立ち尽くしていたのだった。

(転移魔法、だよね)

 場所を移動する前に魔法陣を見たので、そう考えること自体は間違っていないだろう。問題は誰が、何の目的で、そんなことをしたかだ。一瞬、マジスターとデートをさせたくないという女子生徒の仕業かとも思ったが、その考えはすぐに捨てた。様々なことが明るみに出た今となっては、さすがにそれはないだろう。

 考えても分からなかったので、葵はとりあえずベッドに腰を下ろすことにした。この部屋には何故かキングサイズのベッドが置いてあって、調度品もそれなりに整えられている。ゲストルームというよりは、誰かの私室といった感じだ。窓はないが、薄暗い魔法の明りが調度品を照らしている。それらを何気なく眺めていると、不意に背後で物音がした。驚いた葵は立ち上がり、慌てて背後を振り返る。そして目にした人物に、可能な限り目を見開いた。

「ようこそ、ミヤジマ=アオイ。私は君を歓迎しよう」

 強制的に連れて来ておいて、いけしゃあしゃあとそんな科白を言ってのけたのは、アステルダム分校の理事長であるロバート=エーメリーだった。最も会いたくない人物との再会に、青褪めた葵はじりじりと後退する。

「な……何の、用?」

「もう分かっているのだろう? だから、震えている」

「…………」

「そう怯えずとも、君の返答次第では手荒なことはしない」

 まずは話をしようと言って、ロバートはベッドの際に腰かけた。葵は警戒を解かないまま、嫌々ながらに口火を切る。

「話って、何?」

「私のものにならないか?」

「絶対いや」

 葵が嫌悪感を露わにして即答すると、ロバートは苦笑した。だが葵にそんな反応をされることは承知の上だったようで、彼は口調を変えずに言葉を続ける。

「私と君が初めて会った時以上に、君の価値は上がっている。そのことを、君はもう少し自覚した方がいい」

「私の、価値……?」

「そうだ。君はこの国の有力者を味方につけた。君さえ手に入れることが出来れば、不自由などなくなるのだよ」

「そんなの、私には関係ない」

「君はそう思っていても、周りが放っておかないはずだ。ウィル=ヴィンスなど、いい例ではないか」

 ロバート言う通り、確かにウィルは葵に好意を抱いているから付き合いたいと言っているのではない。だが葵は誰とも付き合う気などないのだから、そんな周囲の事情など関係がないのだ。改めてそう主張しようとして、葵はハッとした。少しだけ目を離した隙に、いつの間にかロバートの接近を許していたからだ。

「私は君を諦めたつもりだったが、やはり惜しくなってな。ミヤジマ=アオイ、君は至宝だ。マジスターにやるにはもったいない」

「や、やだっ!!」

 ロバートの手を振り払おうと、葵は掴まえられた腕に必死で力をこめた。しかしどんなにもがいても、拘束から抜け出すことが出来ない。

「アル! アル!!」

 恐怖で錯乱状態になった葵はとっさに、この場にはいない者に助けを求めた。葵の口からアルヴァの名前が出たのを聞いて、ロバートが薄い笑みを浮かべる。

「アルは来ない」

 耳元で聞こえた囁きが、凍り付いていた葵の思考を一気に溶かした。進級試験の時に見た、ボロボロになっているアルヴァの姿が蘇って、葵は恐怖にではなく怒りに顔を歪める。

「アルに何かしたの!?」

「他人の心配とは、余裕があるな」

 首筋に息を吹きかけられて、葵は全身に鳥肌を立てた。だが気概は失わず、拘束から逃れようと暴れながらロバートを最低だと罵る。そうしているうちに、争いに第三者の力が加わった。誰かに腕を掴まれたロバートが動きを止め、葵から視線を外す。葵も暴れるのをやめて、ロバートが見ている方に顔を傾けた。

「アル!」

 顔を綻ばせた葵に一瞥をくれると、アルヴァは真顔のままロバートに目を移した。

「この手を離せ」

「無傷、か。やはり本気になった君には敵わないようだな」

 アルヴァに笑みを見せると、ロバートはアッサリと葵の腕を解放した。繋がりが断ち切れたところでロバートを突き飛ばしたアルヴァは、葵を庇うように二人の間に体を割り込ませる。葵にはアルヴァの背中しか見えなかったが、背中越しでも、彼が怒りを露わにするのが感じ取れた。

「二度と、ミヤジマに近付くな。次に同じことをしたらただじゃおかない」

「肝に銘じておこう。では、またな」

 ここでもまたアッサリと、ロバートは引いて行った。何が何だか分からずに葵が呆けていると、アルヴァがこちらを振り返る。彼の顔を見たことで懸念を思い出した葵は、慌てて口を開いた。

「アル、大丈夫?」

 問いを口にするとすぐ、アルヴァに抱きしめられた。そんな行動も予想外で、葵はアルヴァの腕の中で瞬きを繰り返す。またしても何が何だか分からなくなっていると、しばらくしてからアルヴァの声が聞こえてきた。

「僕は、大丈夫。ミヤジマは?」

「ちょっと腕が痛いけど、何もされてないから大丈夫だよ」

「そうか……良かった」

 遅くなって、ごめん。アルヴァがそう呟いたことで、葵は彼が罪悪感を覚えているのだと思った。

「気にしなくていいから。とりあえず、離して?」

「今、顔を見られたくないんだ。悪いんだけど、もう少しこのままで」

「しょうがないなぁ」

 そういう時は誰にでもあると思い、葵は慰めるためにアルヴァの背中を優しく叩いた。しばらくそうしていると、やがてアルヴァの方から離れていく。正面から向かい合った時には、アルヴァはもういつもの彼に戻っていた。

「腕を見せて」

 一言断りを入れてから、アルヴァは葵の手を取った。ワイシャツを捲り上げてみると、ロバートに掴まれていたところが見事な痣になってしまっている。それを見たアルヴァが顔をしかめながら「手当てをしよう」と言ってくれたが、葵は大袈裟だと笑って断った。

「それより、アル。何でここが分かったの?」

「ロバートがこういう事をするんじゃないかと思って、数日前から監視してた」

「えっ、そんなに前から?」

「彼の性格を、僕はよく知ってるからね」

 それなのに葵がこんな痣を作る前に助けられなかったと、アルヴァは苦々しく独白を零す。だが葵は、アルヴァの心遣いが純粋に嬉しかった。

「ありがと、アル。やっぱりアルは頼りになるね」

「そうだといいんだけどね。ところで、ミヤジマ。マジスターとは本当にデートをするの?」

 不意に話題を変えたアルヴァは、デートをするのが嫌なら自分がなんとかすると言い出した。一瞬、このままアルヴァに任せてしまおうかとも思ったが、葵は苦笑して首を振る。

「約束だし、デートするよ。どっちが勝ってもジャマしてくれるってユアンが言ってたから、デートって言っても何もないと思うし」

「それなら、僕もユアンに協力しよう」

 ユアンだけに任せるのは心許ないとアルヴァが言うので、その好意は素直に受け取っておいた。彼らが二人がかりで助けてくれるなら、頼もしいことこの上ない。

「戻ろうか」

「うん」

 アルヴァが手を差し出してきたので、憂いのなくなった葵は晴れ晴れとした気持ちで手を重ねた。






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