デートの行方

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 異世界に住む者をこの世界に召喚する魔法を生み出したのは、バラージュ=バーバーという人間である。彼は召喚魔法の対となる送還の魔法を完成させると、自身が生み出した数々の魔法と共に表舞台から姿を消した。その後、彼がどうなったのかは、世界の様々なことに目を配っていたはずの元精霊王ですら分からなかったのだという。彼がどういった手段を使って自身を隠匿したのかは分からないが、バラージュは千年の月日が流れた現在でも生存している可能性がある。これが、葵達が把握している情報の全てだ。

 バラージュについて、葵は一つ気になっていることがあった。彼を知るいい機会だと思って、葵はレムに向かって疑問を口にする。

「バラージュは何で、いなくなっちゃったの?」

 何か心当たりはないかと尋ねてみたところ、レムは閉口して口元に手を当てた。その仕種が何かを考えているように見えたので、葵も黙して返答を待つ。そう長くはない沈黙の後、レムは葵に目を向けてから言葉を紡いだ。

「その理由までは知らないけれど、彼は悩みを抱えていたみたいだったわ」

「悩み?」

「あの人なら、その理由も知っていたかも。今はもう生まれ育った世界に帰ってしまったから、本当のことは分からないけれどね」

 あの人とは誰だと尋ねると、レムは『ヨーコ』という女性だと答えた。その名前の響きが非常に聞き覚えのあるものだったので、葵は目を瞠る。

「ようこ……」

「そういえば、あなたの名前と響きが似ているわね」

「苗字は!? その人、ファミリーネームは何!?」

「ええと……なんだったかしら」

 聞いたような気はすると独白して、レムは考えこんでしまった。返答を待つ間、葵は改めて興奮を露わにする。

(やっぱり、私の前にもいたんだ)

 レムの言う『ヨーコ』という女性は、おそらく葵と同じ世界から来た者だ。だから異なる世界のはずなのに、妙な共通点があったりしたのだろう。そう考えると葵は、居ても立ってもいられなくなった。そこらに落ちていた木の棒を手にして、葵は砂浜に数字を書き込んでいく。電卓が欲しいなどと思いながら計算に四苦八苦していると、アルヴァが訝しげに声をかけてきた。

「何をしてるんだ?」

「アル、計算手伝って!」

「計算?」

「私のいた世界では、この世界の一ヶ月が一日くらいなの。この世界では一年が七ヶ月だけど、私の世界では十二ヶ月で、この世界の千年前って私の世界の何年前!?」

「……ミヤジマ、少し落ち着いて説明をしてくれ」

 興奮している葵から冷静に情報を引き出すと、アルヴァは暗算で数字を叩き出した。約四十八年前と聞き、葵はレムを振り返る。

「レム! そのヨーコさんて何歳くらいだった?」

「えっ? そうね……若そうな感じではあったけれど、子供というわけではなかったわね」

 日本人は若く見られがちなので、レムのニュアンスから察するに十五歳から二十五歳くらいの間だろうか。その年齢に四十八年をプラスすれば、今は六十代から七十代。生存している可能性は十分にある。

「レム、ファミリーネームは思い出せた?」

「確かマツ……マツ、なんとかだったような気がするのだけれど、はっきりとは思い出せないわ」

 思い出したら教えるとレムが言ってくれたので、葵ははしゃぎながら礼を言った。今ははっきりとした苗字まで分からなくても、これはかなりの収穫だ。もしその『ヨーコ』さんを見つけることが出来れば、バラージュのことが分かるかもしれないのだから。

「ところで、そのヨーコさんとバラージュはどういう関係だったの?」

「恋人、だったのかしら。はっきりしたことは分からないけれど、二人はかなり仲が良かったわ」

「でも、ヨーコさんは帰っちゃったんだよね?」

 ユアンからの問いかけに、レムは無言で頷いている。何か事情がありそうだと思った葵も浮かれた気分を抑え、真顔に戻って話を聞くことにした。ユアンの質問は、さらに続く。

「他にバラージュについて知っていることはない?」

「そうね……ないと思うわ」

「じゃあ最後に、バラージュがどんな人だったのか教えて?」

 ユアンが促すと、レムは真っ先に外見の特徴を挙げた。バラージュが褐色の肌の青年であったと聞き、アルヴァが微かな反応を示す。しかしユアンと葵はレムの話に集中していたため、その変化は誰にも見咎められることはなかった。

「髪は陽光に透けるくらいの金色で、かなり長かったわ。瞳の色はグリーンだったわね。性格は穏やかで、とても優しい人だったわ」

 そこで唇を閉ざすと、レムはそれ以上の言葉を紡がなかった。話が一段落したところでユアンが不意に、その身を宙に浮かせる。風を操って海中にいるレムに近付くと、ユアンは自身の指から外した指輪をレムに渡した。

「その指輪を嵌めて『アン・デペーシュ』って唱えると、僕と話が出来るから。何か思い出したらいつでも呼び出して」

 分かったと言って指輪を嵌めると、レムは葵達にも手を振ってから水の中に姿を消した。ユアンが戻って来たので、葵は彼を見る。

「レムが言ってた『ヨーコ』さん、たぶん私と同じ世界から来た人だと思う。ちょっと調べてみるね」

「ケータイ、だっけ? 異世界の人と話が出来ちゃうなんてすごいよね」

「うん。向こうの世界にいる友達に頼んでみる」

「僕は別のところから、バラージュについて調べてみるよ」

 ユアンと話しているとアルヴァがそんなことを言ってきたので、葵は何か心当たりがあるのかと彼を振り向いた。ユアンはすでにアルヴァの考えを理解しているらしく、彼は淡々とアルヴァに話しかけている。

「プリミティフ族のこと、調べるの?」

「知り合いがいるんだ」

 ユアンとアルヴァの会話が短く済んだので、葵は話が途切れたのを機に尋ねてみることにした。プリミティフ族がどういうものなのかを訊くと、ユアンは褐色の肌をした人達のことを指すのだと言う。

「昔ね、精霊と人間が恋に落ちたことがあったんだ。異種族同士は本来、子孫を残せないものなんだけど、その二人は特殊な方法で子供を授かった。その血を受け継ぐ人達は褐色の肌をしていて、その数はとても少ないんだよ」

「へぇ……なんだかロマンチックな話だね」

 精霊と人間の恋と聞いて葵は単純にそう思ったのだが、ユアンとアルヴァは何故か複雑そうな表情を浮かべた。現実はシビアなものらしいのだが、それ以上の説明を加えようとはせず、アルヴァが話を元に戻す。

「とにかく、バラージュがプリミティフ族だと分かったのは収穫だよ」

 彼らは普通の人間とは違うので、バラージュ本人の情報を得られなくても、同族に話が聞ければ彼がどうやって世界から消えたのかは分かるかもしれない。アルヴァがそう言うので、葵はこちらの話にも希望を抱くことが出来た。

「じゃあ僕は、召喚魔法の復元を頑張るね」

 ユアンもそう言ってくれたので、葵は笑顔で頷く。この調子で物事が進めば、生まれ育った世界に帰れるかもしれないのだ。そういった思いが気分を浮かれさせ、葵は本題とはまったく関係のない話を口にした。

「ねぇ、ユアン。あの髪の毛の色を変えるのって、どうやってやってるの?」

「ああ、あれ? そういう魔法薬を開発したんだ」

「それって、私にも使える?」

「そういえばアオイって、出会った時は茶髪だったよね」

「うん。また茶色にしたいの」

「ミヤジマは魔法薬に耐性がないから、すぐに使うのは危険だよ」

 容喙してきたアルヴァは注意を喚起すると、ユアンに魔法薬を分けてくれと申し出る。それを葵の体質に合うよう改善すると約束してくれたので、歓喜した葵はアルヴァに礼を言った。その喜びようを見て、ユアンが不思議そうに首を傾げる。

「黒い髪も可愛いのに、そんなに茶色がいいの?」

「うん。だって、真っ黒って重いんだもん」

 黒髪も似合う人は似合うが、葵は自分には茶髪の方が合っていると思っていた。そしてもう一つ、茶髪にこだわるのには理由がある。短くしてしまった髪も徐々に伸びてきていて、さらに茶髪に戻せれば、生まれ育った世界にいた時のスタイルに近付けるからだ。故郷にいた時のスタイルに戻れれば失った日常を取り戻せそうな気がして嬉しかったのだが、さすがに自分でも単純な思考だと思ったので、葵はそこまで説明することはしなかった。






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