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 坩堝島に上陸した後、一行はまずクレアが昔母親と住んでいたのだという家を訪れた。そこはすでに廃墟となっていたが、坩堝島には宿泊施設のようなものがないため、そこを拠点とすることにした。基本的には夜になったらそこに戻って来るということで、日中は事前に決めたチームに分かれて情報を収集することになる。まだ日没までは間があったため、アルヴァはさっそく葵を連れて出掛けることにした。

「やっぱり、アルと二人だと気楽でいいね」

 同行者達と別れるなり伸びをした葵は、いきなりそんな独白を零した。彼女とは以前にもこうして旅をしたことがあるため、その時のことを思い出しているのかもしれない。自然とそんな科白が零れてしまうあたり、男としてはまったく意識されていないことが明らかだが、アルヴァは別段傷ついてもいなかった。むしろ、いつも通りな葵の反応に安らいでしまう。

(いつかは、いなくなってしまうんだな)

 出会った当初は絶対に帰れないだろうと思っていたが、今は葵が生まれ育った世界に帰ってしまうことが現実味を帯びてきている。まだ確実な方法は見付かっていないが、一度は帰れたのだからいつかは帰ってしまうだろう。それまでにどれだけの時が残されているのか分からないが、少しでも長く彼女の隣に居座っていたい。今まで苦労してきたのだから、このくらいの特権は許されてもいいだろう。

「アル?」

 黙していると葵が振り向いたので、アルヴァは笑みを浮かべて口火を切った。

「ミヤジマ、出発前に僕が言ったことを考えてくれてる?」

「ああ、付き合おうってやつ? うーん、もうちょっと考えさせてよ」

「分かった。答えを出す前でも、困ったことがあったら遠慮せず僕を頼るんだよ?」

 特に今回の旅は、葵を困らせている最たる者が同行している。肩を竦めて冗談めかして言うと、それが誰のことを指しているのか察したらしい葵は吹き出した。笑っている葵を見て、アルヴァも自然と頬を緩める。この穏やかで幸せな時間が、永遠に続けばいい。そんなことを、望んでしまいそうになりながら。






 葵とアルヴァが先発した後、クレアは情報収集に向かうより前に、荒れ果てている元我が家を少し片付けておくことにした。生粋の『お坊ちゃん』であるマジスター達は魔法がなければ役に立ちそうもなかったので待機を命じ、父であるアンダーソン伯爵だけを手伝いとしている。アンダーソンは以前にこの家で暮らしていたことがあるので、懐かしそうに目を細めながら進んで埃を払っていた。

 親子が掃除に精を出していると、やがて屋外から正体不明の異音が聞こえてきた。何かと思って様子を見に行ってみると、キリルが家の脇に生えている木を足蹴にしていた。少し離れた場所に腰を落ち着けているオリヴァーとハルは、そんなキリルの様子を呆れ顔で眺めている。放っておいても大丈夫だと判断したクレアはすぐ掃除に戻ったのだが、マジスター達の様子を不可解に思ったらしいアンダーソンが傍に寄って来た。

「エクランド公爵のご子息は何をしているんだ?」

「思い通りにならなくてイラついとるんやろ」

 キリルは葵と二人で情報収集に出掛けたかったのだ。クレアがそう教えてやると、アンダーソンは不思議そうな顔をした。

「私はてっきり、あのアオイという子はアロースミス殿の恋人なのかと思っていた」

「アオイは誰とも付きうてへんで。一方的に想われとるだけや」

「私はまだ彼女のことをよく知らないが、魅力的な女性なのだな。クレアには誰か、いい人はいないのか?」

「うっさいわ! 口を動かしとるヒマがあるんやったら手を動かさんかい!」

 廃屋の片付けはさっさと終わらせて、これから情報収集に出なければならないのだ。苛立ったクレアがアンダーソンを叱りつけると、怒声を聞きつけたのか、オリヴァーが顔を覗かせた。

「やっぱり俺も手伝うか?」

 オリヴァーがそう申し出てくれたので、クレアはジャマな父親を追い出して、その代わりに彼に手伝ってもらうことにした。やはりオリヴァーは手作業での片付けなどしたことがなかったが、指示には素直に従ってくれるので戦力としては十分だ。初めから彼に頼めば良かったと思いながら、クレアは大雑把な片付けを終わらせた。

「よし、これでエエやろ」

 人が住めるような環境には程遠いが、とりあえず屋内で眠れるだけのスペースは確保した。次は情報の収集だが、その前にまだやることがあったので、クレアは額の汗を手の甲で拭ってからオリヴァーを振り返る。

「キリルが腐っとるんは、やっぱりアオイと一緒に行けなかったことが原因なんか?」

「ああ……それもあるだろうけど、キルはアオイと二人で話がしたかったんだよ」

「何の話や?」

 クレアが首を傾げると、オリヴァーは今後についてのことだと言った。そんな発言を聞くと、まるで葵とキリルが付き合っているかのように思えるが、実際にはそんなことはない。今後の何について話をするつもりでいるのかとクレアが訝っていると、オリヴァーは苦笑いを浮かべて説明を続けた。

「エクランドの本邸に行った時、クレアはいなかったよな? 話、聞いてるか?」

「なんとなくは聞いとる。キリルが婚約を解消するって言い出したんやろ?」

「そうそう。それでやっぱり、モメたんだよな」

 それは坩堝島に出発する前日に起こったことだったのだが、家人との話し合いは平行線を辿り、痺れを切らしたキリルは実家を飛び出して来たのだという。そして現在はオリヴァーが匿っているのだと聞き、クレアも苦笑いを浮かべた。

「ハルの次はキリルかいな。おたくも大変やなぁ」

「それはまあ、いつものことだからな」

 慣れていると言った後で、オリヴァーは話を進めた。キリルが転がり込んで来た時にはちょうどハルもいて、出発前に少し、三人で話をしたのだという。

「今回坩堝島を訪れたのってさ、アオイが元の世界に帰る手助けをするためだろ? そういう話をしたら、キルが考えこんじゃってさ」

 オリヴァーの話から察するに、キリルは今まで葵がいなくなってしまうかもしれないと考えたことがなかったのだろう。そしてその可能性に気付いた時、彼は今後のことを考え出した。葵がいなくなるのだとしたら、自分はどうすればいいのか。結論が出ているのかは分からないが、キリルはそういったことを葵と二人だけで話したいのだろう。そこまでは、クレアにも容易に理解することが出来た。

「それやったら、さっさと話したら良かったやないか」

 ゼロ大陸を出発してから坩堝島に来るまで、三日は船に揺られていた。その間に、話をする機会などいくらでもあっただろう。何故グズグズしているのかとクレアが問うと、オリヴァーは眉をひそめて声のトーンを落とした。

「これは俺のカンでしかないんだけどさ」

 そう前置きした上で、オリヴァーはアルヴァに邪魔をされているような気がすると私見を述べた。声を潜めて何を言うのかと思えばそれかと、クレアは呆れ顔になる。

「そないなもん、カンでも何でもないわ。見てたら分かるやろ?」

「じゃあ、やっぱり?」

 そうなのかと独白を続けて、オリヴァーは何故か胸裏が複雑そうな表情をした。オリヴァーの心中にはあえて言及せず、クレアはアルヴァの話を続ける。

「この編成もそうや。もっともらしいこと言うとったけど、本音はアオイと一緒にいたいんやで、アレ」

「……そういうタイプには見えなかったけどな」

「オリヴァーがアルのことどう思っとるのかは知らんけど、間違いない。うちのはカンやないで。単なる事実や」

「キルも可哀想になぁ」

 アルヴァがライバルになってしまうとは、とことんついていない。そんなニュアンスで発されたオリヴァーの独白からは、ある種アルヴァへの崇拝のような感情が窺えた。しかし彼よりはアルヴァ=アロースミスという人間を知っているクレアは、偶像を鼻で笑う。

「やること成すことスマートで、余裕のある大人の男。さすがはレイチェル様の弟。そう思っとるんやったら、そのイメージはかけ離れとるで。アルはもっと泥臭い、未成熟な人間や」

「そ、そうなのか?」

「なまじ頭がエエもんやから、うまいこと隠しとったけどな。最近は意図的に化けの皮を剥がしとるみたいや」

「…………」

「まあ、うちは今のアルも嫌いやないけどな。せやけど、アルのやり方は卑怯や」

 葵に気持ちを打ち明けることもせず、ただ彼女の隣を独占しようとしている。そんなことをやられてしまっては愚直なキリルでは到底太刀打ち出来ないだろう。よって、自分はキリルに味方する。オリヴァーにそう宣言して、クレアは廃屋の外に出た。






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