マリッジ、ブルー

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 シエル・ガーデンを出た後、アルヴァとウィルは保健室へと移動した。今は授業中のため、この場所に生徒が姿を現すことはまずない。特に隠匿の魔法などは使用することもなく、窓際のデスクに腰を落ち着けたアルヴァは話を始めた。

「君のことだから、まだ魔の道を追求する集団ル・ノワールと繋がりを持っているんだろう?」

 ル・ノワールは以前にアルヴァが所属していた団体で、メンバーの誰もが危険を顧みず禁を犯している。そのため、ごく限られた者しか知り得ない団体なのだが、ウィルは以前に関わりを持ったことがあるため、その存在を知っていた。アルヴァの一言で用件を察したらしく、ウィルは薄笑みを浮かべながら話に応じてくる。

「あなたの方からそんなこと言い出すなんて、僕に頼みたいことでもあるの?」

「ご明察、だよ。スミンとコンタクトを取りたいんだ」

 スミンという少女はル・ノワールのメンバーの一人で、バラージュと同じくプリミティフ族である。バラージュ自体は千年も前に生きていた者だが、同族であれば、彼のことを何か知っているかもしれない。そうしたアルヴァの思惑を読み取って、ウィルはスミンに会いたがる理由がバラージュに関係しているのか尋ねてきた。そういった話をしている時にウィルの姿はなかったように思うのだが、彼はそのあたりの情報もしっかりと収集している。話が早い分、彼のそういった性分は厄介な代物でもあり、アルヴァは慎重に考えを巡らせながら頷いて見せた。

「ユーリーを通して頼みごとがあるって伝えてもらったんだけど、彼女は僕を許せないみたいでね。連絡が取れないんだ」

 だからル・ノワールと繋がっているのなら、ウィルにスミンから情報を引き出す役を頼みたい。アルヴァがそう言っていることはすでに伝わっているようで、ウィルは不敵な笑みを浮かべた。

「いいよ、スミンに聞いてみてあげる」

「見返りは何がいい?」

「前に言ってた、秘密の花園とやらに連れて行ってよ。きっと、僕が見たこともないような有用な植物があるんでしょう?」

「分かった。それで手を打とう」

「ところで、少し気になってることがあるんだけど尋ねても構わない?」

「僕で答えられることなら」

「あなたがル・ノワールを抜けるって言った時、ユーリーは何も言わなかったけどスミンは失望したと言っていた」

 その反応の違いは何かと尋ねられたので、アルヴァは短く息を吐いてから話に応じた。

「プリミティフ族についてはどの程度知っている?」

「人間と精霊の混血種族だってことと、彼らにしか扱うことの出来ない特別な術があるってことくらいかな」

 ウィルが口にした内容は普遍的に知られているもので、特別な情報は何も含まれていない。この場面では情報を隠すことに意味があるとも思えなかったので、彼が本当に詳しくないのだろうと判断したアルヴァは説明を始めることにした。

「プリミティフ族の誕生は過ちだと言われていて、人間と子を成した精霊は強制的に消滅させられてしまったらしい。今はそうでもないけど、昔は褐色の肌を持つということに偏見がすごかったらしくてね、プリミティフ族は隠れ住むようになったんだ。だけどスミンは、普通の人間よりも優秀な自分達が何故隠れて暮らさなければならないのかと、疑問を抱いたらしいね。それで生まれ故郷を飛び出して来たんだって」

 郷里を離れてからは様々な場所を転々とし、スミンはやがて魔法が盛んなスレイバル王国に身を落ち着けた。そこでル・ノワールと出会い、彼女は自分の居場所を見付けたのである。

「そういう事情もあって、彼女は選民意識が強い。自分と同じく選ばれた者だと思っているのはル・ノワールの同志だけで、他には排他意識が働くようだ。だから、僕がル・ノワールを抜けたことが許せないんだろうね」

「なるほど。ユーリーにも何か事情がありそうだけど、彼は何者なの?」

「それは彼に尋ねてみるんだな。欠けた月ウェイン・ムーンを持っているのなら、誰に何を尋ねても大抵のことは答えてくれるよ」

 アルヴァが話を切り上げようとすると、ウィルもあっさりと引き下がった。いささか引き際が良すぎるような気もしたが、これ以上何かを要求されてもたまらない。瞬時にそう計算したアルヴァは微かに眉根を寄せ、徒歩で保健室を後にしようとするウィルの背中を見送った。






 校舎一階の北辺にある保健室を出た後、後ろ手に扉を閉ざすと、ウィルは口唇を笑みの形に歪めた。

(こういうのを色ボケって言うのかな)

 ウィルは確かにスミンやユーリーと繋がりを有しているが、ル・ノワールに所属しているわけではなく、ウェイン・ムーンなど持っていない。以前のアルヴァであればその辺りのことまで周到に調べてから話をしただろうが、今の彼からは才ある者の輝きが失われてしまっている。彼が腑抜けになってしまったのは、おそらくミヤジマ=アオイという少女が原因だろう。聞いた話によると、アルヴァは彼女のことを愛しているらしい。

 ウィルは以前、アルヴァに出し抜かれて酷い目に遭っているが、別段彼を恨んだりはしていなかった。人体実験の被験者にされても憎く思うような気持ちがないのは、ウィルが『出し抜かれた方が悪い』という考えの持ち主だからだ。それだけに、自分を出し抜いたような人間が凡愚に成り下がってしまったことに、僅かながら寂しささえ覚える。アルヴァはスミンが憤った理由を選民意識のせいだと言っていたが、本当は自分と同じような気持ちを抱いたからではないだろうか。

(一時でも自分より優れていると感じた相手が堕ちるのを見るのは、あんまり気持ちのいいものじゃないね)

 だが凡愚に成り下がってしまったのなら、そこがその人物の限界だったのだ。アルヴァ=アロースミスはもう、警戒するに値しない。

(まさかあなたが、恋愛を選ぶなんて思ってもみなかったよ)

 他の道を選んでいれば、アルヴァはもっと生まれ持った才を生かすことが出来ただろう。だが彼は、自ら己の価値を下げてしまっている。ウィルは目の前の現実を教訓に、自分はそうならないと固く心に誓った。

(僕は欲しいものを得るために何かを捨てたりしない)

 全ては今、この手に握られている。そうした実感を得ているウィルはほくそ笑み、人気のない廊下を歩き出した。






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