季節を変える儀式は各地にあるトリニスタン魔法学園で一斉に執り行われるもので、その大役は学園のエリート集団であるマジスターによって行われることになっている。その際、マジスター達は五芒星の頂点に一人ずつ配置されるのだが、儀式を終えた現在は五芒星の中央部にあたる正五角形の部分に集合していた。上空から彼らに近付いたクレアは、華やかな真紅のドレスを風になびかせながら地に降り立つ。クレアがドレス姿だったので、マジスター達は驚いたようだった。
「もう着替えたのか」
声をかけてきたのはオリヴァー=バベッジで、彼の方に顔を傾けたクレアは頷いて見せる。
「儀式が終わってから着替えてたら時間がかかるさかい」
「アオイは? 一緒じゃなかったの?」
オリヴァーに続いて話しかけてきたのはウィル=ヴィンスだった。彼が葵の名前を口にすると、何故かキリル=エクランドが険悪なムードを醸し出す。キリルがウィルを睨みつけていることに気がついたクレアは怪訝に思い、眉根を寄せた。
「アオイやったらアルの所におるけど、おたくらケンカでもしたんか?」
クレアが答えと疑問を同時に口にすると、キリルはウィルとはまた別の相手に対して敵愾心を露わにした。隠すような素振りもなく舌打ちしたキリルが校舎の方に走って行ってしまったため、クレアは改めて残っているマジスター達を振り返る。
「何かあったんか?」
「ちょっとね。キルを怒らせちゃって」
その揉め事以来キリルが口をきいてくれないらしく、ウィルはそんな彼を子供だと皮肉って肩を竦めて見せた。キリルが怒っている理由についてはオリヴァーもハル=ヒューイットも知らないようで、二人は黙したままでいる。相手がウィルなのであまり期待はせず、クレアはとりあえず理由についても尋ねてみた。するとウィルからは、とんでもない答えが返ってくる。
「アオイにキスしてるとこ見られちゃってさ。キルの逆鱗に触れたってわけ」
「はあ!?」
驚きの声を同時に発したのはクレアとオリヴァーだった。後に言葉を続けられなくなるくらい、二人にとってウィルの行動は意外なものだったのだ。しかしハルは一人、平然としている。話が通じるのが彼しかいなさそうだと判断したのか、ウィルはハルに向かって言葉を続けた。
「じゃあ、僕は帰るから」
「パーティー、行かないの?」
「キルがあの調子じゃ、僕はいない方がいいでしょ。それになんか、色々なことがどうでもよくなっちゃったんだよね」
だからパーティーには行かないとスッキリした笑顔で言い置いて、ウィルは転移の呪文を唱えた。ウィルの姿がその場から消えると、我に返ったクレアはハルに詰め寄る。
「さっきのはどういうことや!」
「さあ?」
平然としてはいてもハルは何も知らない様子だったので、クレアは矛先をオリヴァーに変えた。しかしクレアと同じくらい驚いていたオリヴァーも、本当に何も聞いていないらしい。このまま話していても埒が明かないため、クレアはオリヴァーとハルを強引に促して保健室へと向かうことにした。
儀式の見物を終えて保健室に戻ると、先程訪れた時には平服だったアルヴァが着替えを済ませていた。燕尾服に合わせて前髪を上げているアルヴァを見て、懐かしさを感じた葵は笑みを浮かべながら傍へ寄る。
「アルのそういう姿見ると、あの時のこと思い出す」
「どの時?」
「あれだよ。えっと、創立祭」
「ああ……あの時のことか」
「あの時はアルが、目の前で着替え出すからビックリしちゃったよ」
「……そんなことをしたか?」
覚えてないなと独白を零し、アルヴァは眉根を寄せた。だが葵の記憶には、はっきりと刻まれている。あの時はまだ知り合って間もないということもあって、アルヴァの雰囲気が目の前で変わっていくことにドキドキしてしまったのだ。
(懐かしいなぁ……。すごく昔のことみたい)
時期的にはちょうど恋情と友情の板挟みに遭っていた頃のことだが、今ではそれすらもいい思い出だ。葵がそんなことを考えていると、アルヴァもその当時の話を続けた。
「創立祭と言えばミヤジマがキリル=エクランドに殴られた後で、頬を腫らしていたっけ」
「……そういえば、そうだったね」
そんな話をしていると保健室の扉が勢い良く開いて、話題の主が姿を現した。あまりにもタイムリーなキリルの登場に、背後を振り返った葵は目を瞬かせる。キリルは何かに怒っているような形相で保健室に飛び込んで来たのだが葵の姿を見ると何故か、放心したように動きを止めた。
「キリル?」
来訪の驚きがなくなった後でもキリルが静止したままだったので、葵は傍に寄りながら声をかけてみた。顔の前で手を上下させてみると、キリルはハッとした顔をして身を引く。
「な、何だよ!」
「それはこっちの科白だよ。何かあったの?」
保健室に入って来た時には、何かに怒っている様子だった。葵がそう言ってみても、キリルは何も明かさずにそっぽを向く。実のない会話をしているとアルヴァから声をかけられたので、葵は彼の方を振り返った。
「何?」
「そのドレス、よく似合ってる。キレイだよ」
「えっ……」
アルヴァが脈絡のないことを言い出したので、そんな答えが返ってくると思っていなかった葵はギョッとした。そっぽを向いていたキリルも葵と同じ反応をしていて、アルヴァの方に目を向けている。二人の反応を見ても真顔のままでいるアルヴァは、キリルを一瞥してから再び葵に視線を戻した。
「彼の沈黙は、たぶんそういうことなんじゃないの?」
「あ、ああ……なんだ……」
アルヴァが突飛なことを言い出した理由に納得がいった葵はホッとした。しかしその直後、微妙なことを言われているのに気がついて眉根を寄せる。
(どっちにしろ反応しにくいなぁ)
何と言っていいのか分からなかった葵が苦笑いを浮かべていると、開きっぱなしになっている扉からクレア・オリヴァー・ハルの三人が姿を現した。
「アオイ、ちょお聞きたいことがあるんやけど」
「後にしてくれないか」
クレアは室内に入って来るなり葵の元に来たのだが、容喙してきたアルヴァが話が始まるのを制した。クレアを黙らせた後、アルヴァはマジスター達に目をやる。
「とりあえず、君達は早く着替えてきてくれ。今夜のパーティーには陛下や王妃様も出席される。お待たせするわけにはいかないから」
国王夫妻が参加することは知らされていなかったようで、マジスター達は慌しく帰って行った。キリル・オリヴァー・ハルの三人が転移魔法によって姿を消すと、アルヴァはクレアに目を向ける。
「ウィル=ヴィンスは?」
「来ない言うてたで」
「来ない? 彼が?」
それがとても意外なことのようにアルヴァが言うので、不思議に思った葵は首を傾げた。
「ウィルが来ないと何かあるの?」
「いや、問題があるというわけではないんだけど……」
ウィルは常に、自分の後ろ盾となってくれるような存在を探している。そのため有力者の集るパーティーは、彼にとってコネクションを得る絶好の機会だ。だからウィルが来ないことを意外に思ったのだというアルヴァに、応えたのはクレアだった。
「何があったか知らんけど、色々なことがどうでもよくなった言うてたで」
クレアの話を聞いてアルヴァは考えこんでしまったが、葵にはウィルの気持ちが分かるような気がした。あんなことがあった後では投げやりな気分にもなるだろう。
「行こうよ。待たせたら悪いんでしょ?」
今はそっとしておいてあげたいと思った葵が話題を変えると、アルヴァは思考を中断したようだった。クレアは何か言いたそうにしていたが、結局は口を開くことなく提案に同意する。その後、三人はアルヴァの転移魔法によってパーティー会場である王城に移動した。
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