様々な人が集まっている大広間の一画で話をしていると、マシェルとステラがあらぬ方向に顔を傾けた。見知った動作は彼らの知己が近付いて来ている証で、二人の視線を追った葵も顔を動かす。ややあって、人混みの中から姿を現したのは三人の少年達だった。新郎であるハルと、その友人であるオリヴァーとウィルだ。
「おめでとう」
真っ先にそう言ってくれたのはオリヴァーだった。ありがとうと応え、葵は話を続ける。
「なんか、変な式になっちゃってごめんね」
「いやいや、楽しかったぜ。ああいう結婚式はアオイとハルならではだからな」
笑いながら言葉を紡いだオリヴァーは、同意を求めてウィルを振り返った。しかしそこで、真顔に戻った彼は動きを止める。何事かとオリヴァーの視線を追った葵は、そこで目にした光景に納得した。無言で相手を見ているウィルとマシェルの間に、非常に不穏な雰囲気が漂っている。
(これ……大丈夫かな)
ウィルとマシェルは双子なのだが、その兄弟仲は最悪だ。身を持って知っている葵と同じように、幼少期からの付き合いであるオリヴァーも、そのことを熟知しているのだろう。ハルも知っているはずなのだが、彼は常の無表情のままだ。そのため葵とオリヴァーだけが、ハラハラしながら成り行きを見守っていた。
「お前も招待されてたんだね」
口火を切ったのはウィルの方だった。相変わらずの『お前』呼ばわりだったが、口調に棘はない。ごく自然な兄弟の雑談に、マシェルも至って普通に応じた。
「まあな。そっちも、ちゃんと来たんだな」
「王家の刻印が入った招待状を受け取ったんだから、来ないわけにはいかないでしょ」
「素直じゃねーな。これが最後だっていうのによ」
「まだ最後じゃないよ。明日、見送りに行くからね」
「ああ、そっか。お前らはそうだったな」
予想とまったく違う展開が目の前で繰り広げられて、度肝を抜かれた葵とオリヴァーは一様に目を見開いた。ウィルとマシェルが、ケンカになることもなく穏やかに会話をしている。それは特筆に値する出来事だったのだが、ステラは首を傾げていた。
「二人とも、どうしたの?」
「え?」
オリヴァーやハルのようにステラも事情を知っているものだと思っていた葵は、意外な問いかけに再び目を丸くする。葵が何に驚いているのか察したようで、その疑問にはオリヴァーが答えをくれた。
「ステラは学園に入ってからの付き合いだから、ウィルとマシェルが一緒にいた頃のことは知らないんだよ」
オリヴァーやウィルがトリニスタン魔法学園アステルダム分校に入学するのと同時期、マシェルは本校の生徒となった。本校の生徒は外出を制限される身なので、基本的には長期の休暇などがあっても学園から離れることはない。そのためステラとマシェルは本校で出会ったのであり、マシェルから話を聞いていない限り、過去を知る術はなかったということだ。
「そういえば、仲悪い言うてたなぁ」
マシェルは以前、学園から特別な許可をもらってアステルダム分校に来ていたことがある。その時にそんな話も出ていて、そのことを思い出したらしいクレアが独白を零した。ヴィンス兄弟の事情を初めて耳にしたらしいステラは、そうなのと独白を零しつつ視線を移す。すでに会話を終えているウィルとマシェルもこちらを見ていて、二人とも物言いたげな表情をしていた。
「本人を前にして噂話するなんて、どういう神経なの?」
「そういう話はオレらのいない所でやってくれよ」
「せやったら、直接訊いたらええんやろ? おたくら、仲直りしたん?」
普通なら「ごめん」で済ませそうな場面だが、良くも悪くもストレートな性格をしているクレアが切り込んでいった。なんとも答えにくい質問だったのか、ヴィンス兄弟は眉根を寄せながら顔を見合わせる。その後、クレアに視線を戻したのはウィルの方だった。
「仲直りとか、気持ち悪いこと言わないで欲しいね。争う意味がなくなった、ただそれだけのことだよ」
「なんだ、それ?」
クレアの疑問を解消するはずが、ウィルの発言はさらなる疑問を生んでしまったようだった。発言の真意を求めて、今度はマシェルがウィルを問い詰めている。どういうことだと尋ねられたウィルは、冷ややかにマシェルを見ながら答えを口にした。
「お前と競う以外にも道はあるってことだよ」
「はあ? お前、また何か企んでんじゃねーだろーな」
「そうだとしても、お前には関係ないね」
「ふざけんな!」
ウィルが悪事を働くと、必ず自分が被害を蒙る。そう主張して喚くマシェルを、ウィルは適当な感じであしらっていた。関係が改善したように思えたのは、幻だったのかもしれない。そう思った葵がヴィンス兄弟の諍いを苦笑しながら眺めていると、隣に並んだステラが声を掛けてきた。
「仲が悪いというのは本当なのね」
「これでも、ギスギスした感じはちょっとなくなったかな」
葵がヴィンス兄弟の争いに巻き込まれた時は、偏にウィルの方に余裕がなかった。鬼気迫る感じだった当時を思い返せば、眼前の口喧嘩など可愛いものだ。今更仲の良い兄弟にはなれないのかもしれないが、お互いにまったく情がないわけでもない。ならばこの二人は、このくらいが通常運転なのだろう。
「アオイは何でも知っているのね」
ふと、ステラが呟きを零した。内容よりも寂しげな口調を意外に思って、葵は彼女の方に顔を傾けてみる。目が合うと、ステラは柔らかく笑みを浮かべた。
「少し、二人で話さない?」
ステラからの申し出を、葵はすぐに了承した。テラスへ行こうとステラが言うので、葵は傍にいたクレアに断ってから移動する。一足先にテラスへ出ていたステラは伽羅茶色の月に照らされて、ひっそりと佇んでいた。
「傍へ来て」
促されるまま、葵は欄干の近くにいるステラに近付いた。葵が隣に並ぶと、ステラは異次元に手を伸ばして卵のようなものを取り出す。そして「クレアジィオン」と、呪文を唱えた。
「
ステラが手にしているのと同じ物を、葵は以前にも見たことがあった。そのため何気なく呟きが零れてしまったのだが、ステラは物知りねと言う。
「効果も知っている?」
「イントクとカクゼツがどうのって聞いたけど、要は内緒話が出来るってことだよね?」
「ふふっ。そうね」
理論など通り越して身も蓋もない言い方をしたからか、ステラはくすくすと笑った。つられて笑みを浮かべた葵は互いが真顔に戻るのを待ってから、改めて口火を切る。
「私もね、ステラに訊きたいことがあったんだ」
「ハルのこと?」
「……うん」
ステラとハルは、かつて恋人同士だった。別れの原因は自分がステラにとって必要のない人間だとハルが感じたことで、彼は一方的に身を引いている。その後、話し合いをしたらしいのだが、葵はその内容を知らなかった。ステラからハルの話を聞いたことも、一度もない。
(聞くべき、だよね)
憶測ではなく、ステラ自身の言葉で彼女の気持ちを知りたい。それはステラを傷つけることになるのかもしれないが、これが最後の機会ということもあって、意を決した葵は言葉を次ぐ。
「ハルと別れたこと、ステラは納得してる?」
ハルの言う『ちゃんとした別れの話し合い』をした後、葵はステラに会っている。その時の彼女からは憂いの表情が消えていて、それ故に、葵は二人がうまくいったのだと勘違いをしてしまった。あの明るさは、清算を終えたことの清々しさに由来していたのだろうか。違うのではないかと、葵は黙ってしまったステラを見て感じていた。
Copyright(c) 2017 sadaka all rights reserved.