言えない言葉

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 街中に佇む、トリニスタン魔法学園エッソー分校。つい昨日訪れたばかりのこの場所に、葵はハルと共に出現した。校門の付近に転移用の魔法陣が用意されているのはどの分校でも同じなようで、エッソー分校も、転移を終えると正面に校舎が窺える。この頃には日もだいぶ傾いていて、周囲に人の気配は感じられなかった。昨日はすぐにこの学園のマジスターが出て来たが、今日はその様子もない。

 転移を終えるとすぐ、ハルは校舎の方に向かって歩き出した。まだ手を繋いだままだったため、葵も体を引かれるようにして歩き出す。学園内で手を繋いでいるというシチュエーションに、葵はなんとも落ち着かない気分になった。だがハルの方から放す様子もない。周囲に人気がなかったこともあって、そのうちに葵も「まあいいか」という心持ちになった。

(なんか、普通のカップルっぽい)

 夕暮れの学校で、人目を忍んで手を繋ぐ。この場所を訪れた目的であるとか、そういうことを度外視すれば、葵の生まれ育った世界で言うところの『普通』だ。それが嬉しい反面、妙に気恥ずかしい。そんなことを考えて葵が赤くなっていると、少し先を行くハルが不意に歩みを止めた。

「ハル?」

 つられて足を止めた葵が問いかけても、ハルは一点を見据えたまま口を開かなかった。そういった反応を今までにも見て来ている葵は、ハルの視線の先を追う。すると校舎の方から人影が近付いて来るのが見えた。葵が昨日出会った、フリードとアトリスだ。

「久しぶりだね」

 予約のない来訪者に向かって、アトリスが親しげに声をかけてくる。その視線はハルに向いていて、葵は彼らが知己であることを知った。その後もアトリスはハルに話しかけていたが、難しい表情をしているフリードは別の所に目を向けている。何を見ているのかとフリードの視線を追った葵は、まだハルと手を繋いだままでいることに気がついた。

「ハル、」

 焦った葵は言外に手を放そうと呼び掛けたのだが、ハルはまったく動じなかった。そのうちにアトリスも気が付いて、困ったように苦笑を浮かべる。

「君達はそういう関係なの?」

「ヒューイット、ここは他校だぞ。少しは慎み給え」

 アトリスには呆れられ、フリードには嫌悪され、ただでさえ頬を染めていた葵は真っ赤になった。そんな葵が必死に呼びかけて、ハルはようやく手を放す。だがやはり、平素の無表情は揺らぐことがなかった。

「それで、このような時分に何の用だ」

 眉間にシワを刻んだまま、フリードが本題を口にする。その視線は葵の方を向いていて、アトリスもこちらを見ていた。すでに用件は解っているという感じだったが、葵は改めて訪問の理由を口にした。

魔法道具マジック・アイテムの欠片を、探させてください」

「何か手がかりを見つけたの?」

 昨日は皆無だったよねと、アトリスが問いかけてくる。嫌味のつもりはなかったのかもしれないが、彼の口調が穏やかなだけに、それは辛辣に響いた。実際、今日ここへ来る予定がなかっただけに、新たな手掛かりは何もない。返す言葉に詰まった葵が口を閉ざすと、代わりにハルが言葉を紡いだ。

「アステルダムでは大掛かりな儀式が必要だった」

「儀式?」

 ハルの一言に食いついたのはフリードだった。彼は興味深そうに、ハルに対して質問を重ねる。

「どのような儀式を行ったのだ?」

大空の庭シエル・ガーデンが浮いた」

「シエル・ガーデン?」

「ああ、ここにはないのか。ドーム状の、温室」

 シエル・ガーデンが校舎よりも広い面積を有していると知ると、眼鏡の奥でフリードの双眸が光った。

「儀式の詳細を聞かせ給え」

 求められるままに、ハルはアステルダム分校で行われた儀式の内容を口にした。五人がかりで巨大な温室を空に浮かべたことを知ったフリードは、さらに問いを重ねる。

「その儀式の情報はどうやって得た?」

「儀式に至るまでに謎解きがあったけど、大元の情報源は理事長。マジスターになった時、そっちの理事長は何か言ってなかった?」

 そこで、フリードとアトリスは顔を見合わせた。彼らの反応から察するに、この学園の理事長からは何も聞いていないのだろう。それを挑戦と受け取ったのか、フリードが愉悦の表情を浮かべる。

「面白い。我が校の封印とやら、解いてみたくなった」

「その封印はどれくらい古いものなんだろうね」

 考え込みながらアトリスが発した疑問を受けて、ハルは葵を振り向いた。答えろと言われたのだと思った葵はトリニスタン魔法学園の学園長から聞いた話を元に想像を膨らませる。

「トリニスタン魔法学園の初代の学園長が使ってたものだって言ってたから、そうとう古いんじゃないかな」

「初代が使っていたって……君が持っている、魔法道具マジック・アイテムのこと?」

 葵が頷いて見せると、アトリスは驚愕に目を見開いていた。それはおそらく、何故そんなものを葵が手にしているのだという驚きだったのだろう。フリードも同じ反応をしても良さそうなものだったが、彼は謎解きに忙しいらしく、淡々と話を続けた。

「それほど古いものとなると校舎に封じられている線は薄いな」

 トリニスタン魔法学園の分校では、校舎は必ず同じ形をしている。それは魔法陣を元に建造されているからで、その魔法陣を生み出した人物というのが、葵のよく知るアロースミス姉弟なのだ。つまり現在の校舎は、ごく最近に再構築されたものだと言える。もし時の欠片が封じられていれば、その時点で誰かが気付くだろう。ハルからそうした説明を受けて、葵はあることに納得がいった。

(だからアル、分校を調べるのがやたらと早かったんだ)

 アルヴァは以前、クレアと二人で一日に六つもの分校の封印を解いてきたことがある。初めから校舎を除外する情報を持っていた彼は、きっと他の誰よりもスムーズに調査を進められたに違いない。改めて偉大だと、葵は一人で感心した。

「アルってすごいね」

「生きた伝説だから」

 葵とハルがそんな話をしていると、それまで思案に沈んでいたフリードも視線を傾けてきた。彼は眉根を寄せたまま、怪訝そうに話しかけてくる。

「君達はアルヴァ=アロースミスの知己なのか?」

「え? ああ……まあ、」

 関係性をうまく説明出来なくて、葵は曖昧に頷いて見せた。煮え切らない態度がフリードを再び苛立たせてしまったようで、彼は少し語気を強める。

「ならば御本人に登場願ったらどうだ。その方がずっと円滑に調査が進められるだろう」

 フリードの言うことはもっともだったが、アルヴァは今、療養中なのだ。しかしそのことを口にしていいものか迷った葵は結局、何も言わなかった。フリードと葵の間に気まずい空気が漂ったが、すぐにハルが、平素の調子で沈黙を破る。

「レイチェルさんが女医になったって聞いたけど」

「……は?」

 間の抜けた顔で口を開けたのは、なにも葵だけではなかった。ハルの発言があまりに突拍子もなかったので、フリードとアトリスも呆気にとられている。だが葵だけはすぐに意味を察して、ハルに応えた。

「保健室、行ったの?」

「オリヴァーから聞いた。あの人は何か言ってなかったの?」

「ああ……。公爵達に連絡取ってもらったりしたけど、そういうことは何も言ってなかったかな。って、そっか。レイに訊けばいいんだ?」

 アルヴァがトリニスタン魔法学園に詳しいなら、本校で講師をしているレイチェルはもっと詳細を知っているだろう。そう思った葵はスカートのポケットからレリエを取り出して、さっそく通信を開始した。

『どうしました?』

 呼び出しをかけてすぐ、レイチェルは通信に応じてくれた。映像のない、声だけでの会話だ。葵はすぐさま、自分達が直面している問題に対して説明を加える。しかしレイチェルにも、答えることは出来ないようだった。

『分校のことはマジスターに訊くと良いでしょう』

「それが、マジスター達も知らないみたいなんだよね。どうしたらいいかな?」

『それでしたら分校を管轄している公爵に伺うのがよろしいかと。明日でよろしければ、結果を報告出来ると思います』

「うん。じゃあ、お願い」

『はい。それと、アオイにお伝えすることがあります』

「何?」

『陛下が進捗を知りたいと仰られていますので、明日、王城までお越しいただけますか?』

「へいか……ああ、王様ね。うん、分かった」

『わたくしは校医の仕事があるので行けませんが、ユアン様がアオイを迎えに参ります。フェアレディもアオイに会うことを楽しみにされていましたよ』

「そっかぁ。シュシュともしばらく会ってないもんね。うん、分かった」

 ユアンによろしく伝えることを頼むと、葵はレイチェルとの通信を終わらせた。私的な連絡が混じって話が長くなったことを詫びようと、葵はレリエをしまいながらフリード達を見る。すると彼らは、狐につままれたような顔をしていた。

「君は……一体……」

 茫然としつつもアトリスがなんとか声を絞り出したので、葵は彼らの驚きの理由を察した。先程のレイチェルとの会話を思い起こせば、ずいぶんと重要人物の名前を口にしていたものだ。人目を憚る必要が薄れたとはいえ、彼らには悪いことをした。そう思った葵がその場を繕おうとすると、我に返ったフリードが何故か怒り出した。

「君が何者かなどどうでもいい。それよりも、我々で解決出来ないから理事長を問い質すだと? 馬鹿にするな!」

 突然の激昂に葵は面喰ったが、悔しそうに顔を歪めたフリードは勢いよくアトリスを振り返った。

「アトリス! 絶対に我々で見つけ出すぞ!!」

 それまで呆けていたアトリスは、フリードの勢いに押される形で頷いて見せた。アトリスの反応を確認したフリードはその後、ギラついた瞳を葵に向ける。責任を取れと言われた葵はその後、本当に言葉の通り、フリードとアトリスが時の欠片を発見するまで付き合わされたのだった。






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