etc.ロマンス 番外編 10 years later

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 ハルの家で一夜を過ごした翌日、キリルは改めてアオイとも再会を果たした。ハルにはすでに説明していたが、そこで改めて、アオイにもキリルがこの世界にやって来た理由を告げる。異世界を自由に行き来することが出来るようになったと聞いたアオイはまず驚愕を露わにし、その後で顔を綻ばせた。往来に不安がないのなら召喚を拒む理由はないらしく、返事は即決だった。

「でも、なんでまたこんな所に」

 自身の通う学園の裏庭で淡い光を放っている魔法陣を目にして、アオイが困ったように独白を零した。どうやらこの場所に魔法陣があると都合が悪いようで、ヤヤも小難しい表情をしている。

「これ、誰かに見られて消されたりとかしない?」

「あ、それは大丈夫だと思う。前に消そうとしたことがあるんだけど、何やっても消えなかったから」

 共に魔法陣を眺めながらアオイと会話をしているヤヤは、今回の異世界行きに同行することになっている。その可否をアオイに求められた時、キリルは拒絶しなかった。理由は単純で、それを不可とする命令を受けていないからだ。

 キリルが魔法陣の上へ歩を進めると、荷物は本当に持って行かなくていいのかという話をしていた少女達も会話を切り上げた。無言で成り行きを見ていたハルも移動し、転移を行う者達が魔法陣の上に集う。それを確認したキリルは魔法書を開き、そこに記されている呪文を読み上げた。行きと同じく帰りの転移も難なく成功して、眩い光が収まった時には空気の変化が顕著になる。出発地点となった場所に帰り着いたことを認識して、キリルは手にしていた魔法書を閉ざした。

「ここ、もしかして……」

 転移が完了した刹那、周囲を見回していたアオイが独白を零した。トリニスタン魔法学園アステルダム分校にある塔だということをキリルが教えると、彼女は懐かしそうに目を細める。その姿は一瞥するに留め、キリルはすぐさま次の行動に移った。ここからさらに王城へ転移しなければならないのだが、そのための魔法陣がここにはない。

 国賓として招待された者達を連れて、キリルは幾度か転移を繰り返した。そうして辿り着いた王城で謁見を申し出ると、その要望はすぐさま受け入れられることになる。謁見の間で国王から労いの言葉をかけられた瞬間、キリルは肩の荷が下りたことを実感した。

「じゃあ、堅苦しいアイサツはこのくらいにして」

 臣下の礼をとって跪いていたキリルが姿勢を正すと、国王であるユアンがおもむろに口調を改めた。彼が目で合図を送ると、玉座にいた王妃が待ちきれない様子で席を立つ。軽やかな足取りでアオイの元に駆け寄ると、シャルロットは嬉しそうに彼女の手を取った。

「会いたかった」

 そう告げてアオイを抱きしめたシャルロットを見て、キリルは素直に良かったと思った。胸に広がった暖かな感情は、出立前に抱いたのと同じものだ。あの時はよく分からなかったが、誰もが笑顔になっている光景を見て、キリルはなんとなく答えを得たような気になった。きっとこれが、愛するということなのだろう。

「十年って怖い」

 国王夫妻と対面してから終始呆け気味だったアオイが、未だ現実味の薄い表情をして独白を零している。この世界の者にとっては当時の姿のままであるアオイやハルに驚くことはないが、アオイやハルにとっては見目の変化だけでも受け入れるのが大変だろう。国王夫妻だけでもそういった状態だったのに、そのうちにアルヴァが旧知の者達を連れて現れた。ハルは昔と同じように心中を顔に出さなかったが、アオイは一人一人にいちいち驚いて見せる。

「えっと、アルにオリヴァーに……もしかして、ウィル?」

 アオイにとっては十年後の姿での再会であっても、この場にいるのは彼女と深い関わりを持つ者だけだ。その中でウィルだけが首を傾げられてしまったのは、彼が髭を生やしているからだろう。日頃から仲間内では似合わないと評判だったので、オリヴァーがおかしそうにウィルを見る。

「ほら見ろ。やっぱり似合わないって」

「そんなこと言われてないと思うんだけど。勝手に侮辱するのはやめてくれない?」

 ウィルがオリヴァーに文句を言ったところで、ハルが「似合わない」と呟きを零した。それは決して大きな声ではなかったのだが、会話の間隙に放たれたせいで全員に聞こえてしまう。一瞬の間があった後、その場は笑いに包まれた。

「生き別れた家族との再会だっていうのに、こんな辱めを受けるなんて夢にも思わなかったよ」

 発言のわりにはショックを受けている様子もなく、ウィルは淡々と抗議の言葉を紡いでいる。言われている意味が解らなかったようで、ハルが小首を傾げた。

「家族?」

「ああ、ウィルはフレデリカさんと結婚したんだよ」

 ウィルに代わってハルの疑問を解消したのはオリヴァーだった。彼が口にしたフレデリカというのはハルの実姉で、そんな人物と結婚したということになれば、ウィルとハルは義理の兄弟ということになる。そしてハルと結婚したアオイも、彼らの身内ということだ。

「ええええええええ!?」

 オリヴァーは事もなげにウィルの結婚について触れたが、それを聞いたアオイが衝撃の程を叫び声に乗せてきた。表情を変えることの少ないハルもさすがに驚いたようで、目を丸くしている。その様子を見たウィルは意地の悪い笑みを浮かべ、ハルの肩をポンと叩いた。

「おかえり、義弟おとうとよ」

 ウィルの一言を機に、アオイとハルは絶句してしまった。ウィルの満足気な顔から視線を移したキリルは、オリヴァーに声をかける。

「クレアは?」

 当然来るものだと思っていたのだが、クレアの姿はこの場になかった。困ったように眉尻を下げたオリヴァーに代わって、彼女がここにいない理由を説明し出したのはアルヴァだ。

「謁見の間で対面していることを伝えたら、使用人が表に出るのは好ましくないと断られた。彼女は休業中の身だからね、あまり王城に来ることも好ましく思っていないようだ」

「そんなの、気にすることないのに」

 容喙してきたのはユアンで、彼は言葉の後に「クレアらしいけど」と付け加えた。クレアの話題が出たことで我に返ったらしいアオイが、そこに口を挟んでくる。

「クレアは今、何してるの?」

「王城で使用人をやってもらっているよ。今は妊娠中だから、休業しているけれどね」

「にん……しん……」

 あ然としながら独白を零したアオイに微笑んでから、アルヴァはオリヴァーに目を向けた。

「彼の家に招待してもらうといい。そうすればクレアにも会えるよ」

「って、ことは……」

 言葉を途切れさせて、アオイは愕然とオリヴァーを見た。その視線を受け止めたオリヴァーは照れくさそうな表情を見せながら頷いて見せる。再び絶句してから、アオイは疲れた顔で弱い笑みを浮かべた。

「なんか、驚きすぎて何がなんだか」

「ミヤジマ達は変わっていないけれど、こちらでは十年経っているからね」

 変化が性急では、驚き疲れてしまうのも無理はない。宥めるようにそう言ったアルヴァと、アオイはさらに会話を続けた。

「レイは?」

 彼女が口にしたのは、アルヴァの姉の愛称である。レイチェルがすでに引退していることを告げたアルヴァは、姉にも是非顔を見せてあげて欲しいとアオイに言っている。

「キリル」

 旧知の者達が再会を喜ぶ様子を眺めていたキリルは、ユアンに声をかけられたことにより意識をそちらに向けた。いつの間にか彼の横にはヤヤがいて、すっかり失念していたことを思い出したキリルは自ら口火を切る。

「そちらの女性は異世界におけるアオイの友人で、名をヤヤと申します」

「うん、それはもう彼女から聞いた。違う世界を見てみたいから来てくれたんだってね」

 キリルは紹介が遅れたことを咎められると思ったのだが、すでにヤヤとの会話を済ませたらしいユアンは別段責めるような口調ではなかった。キリルに声を掛けてきたのは別の意図があるようで、ユアンはそのまま話を続ける。

「彼女のことをキリルに頼みたいんだけど、どうかな?」

 言われた意味が解らずに、キリルは口を開けたまま動きを止めた。ユアンの発言はヤヤにとっても予想外のものだったようで、彼女は恐縮の面持ちで容喙してくる。

「葵もいるし、大丈夫ですって」

「でもさ、アオイとハルはハルの実家に滞在することになると思うんだ。それってヤヤにとっては窮屈じゃない?」

 遥々異世界からやって来てくれたのだから、ヤヤには気兼ねなくこの世界を愉しんでもらいたい。ユアンがそう言っているのを聞いて、キリルもようやく状況を理解した。この世界では魔法がないと行動が制限されるので、魔法の使えないアオイと行動を共にしていたところで自由に観光というわけにはいかないだろう。その点キリルならば大概のことは出来るし、滞在先やメイドの手配なども心配はない。加えて動きやすい独り身とくれば、客人の預け先としてこれ以上のものはないように思えた。

「キリルがイヤだって言うなら、僕の方で手配するけど」

 魔法の件も丁寧に説明してヤヤを黙らせた後、ユアンはそう言いながらキリルに視線を向けてきた。こうもお膳立てされてしまっては断れるはずもなく、キリルは密かに嘆息する。キリルがユアンに了承を伝えるのを、ヤヤが複雑そうな胸中を面に滲ませながら見つめていた。





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