二月十六日、バレンタインデーも終わって落ち着きを取り戻した月曜日。その日の昼休み、マイは貴美子に呼び出されて人目につきにくい校舎の隅にいた。朝香の話だろうと思っていたマイは、貴美子がその話題を切り出したので小さく息を吐く。
「ダメだったって。違う学校に彼女がいたらしいよ」
「そうだったんだ……。朝香、今日は部活も来ないかなぁ」
「うーん、今はそっとしておいてあげようよ。キミちゃんは? 渡したの?」
マイが問うと貴美子は小さく首を振った。マイは返す言葉に困り、「そっかぁ」とだけ呟く。貴美子は弱ったような笑みを浮かべながら話題を変えた。
「あのね、マイちゃんにちょっと聞きたいことがあるの」
「うん? 何?」
「小笠原くんの様子、いつもと変わらない?」
貴美子とユウは顔見知り程度の関係であり、彼女が自分からユウの話題を持ち出したのはこれが初めてである。その理由にピンときたマイは答える代わりに問いを口にした。
「もしかして、キミちゃんって松丸さんと仲いい?」
「あ、知ってるんだ? 私が直接仲いいわけじゃないんだけど、松丸さんと仲がいいクラスの子に頼まれちゃって」
貴美子はすまなさそうにしながら事情を打ち明けた。マイは何だか複雑だなと思いながら苦笑する。
「松丸さんがユウにあげたチョコ、やっぱり本命だったんだ?」
「うん、そうみたい。でも小笠原くんがちゃんと分かってくれたのかなって、松丸さんが心配してるんだって。マイちゃん、どう思う?」
「松丸さんには言いづらいと思うけど……まったく伝わってなかったよ」
マイがユウの様子を教えると貴美子はため息をついた。ユウの態度は思い出しながら説明しているだけでも呆れるものだったのでマイもつられて息を吐く。
「松丸さん、ユウの何処が良かったんだろう」
「小笠原くんの寝顔が可愛いって言ってたらしいよ」
「寝顔、かぁ……」
ユウは一年中、授業中でもお構いなしに眠っている。そのため学校にいてもユウの寝顔を見ることが出来る機会はいくらでもあり、ましてユウと松丸は一年生の時に同じクラスだったのだ。松丸はおそらく隣の席になった時にでも見たのだろうと、現在ユウの隣に座っているマイは思った。
ユウの寝顔は子供のようで、確かに可愛いのである。そのことを知っているのが自分だけではなかったと知ったマイは少し寂しさを感じていた。
(見てる人はちゃんと見てるもんだなぁ)
ユウの寝顔に目を留めた人物が美少女だったというあたり、やはりバレンタインの奇跡だったのではないかとマイは思った。ユウの態度は素っ気なかったが、それは松丸の真意が伝わっていないためである。彼女からちゃんとした告白をすれば、どう転ぶかはまだ未知数なのだ。
「松丸さんがユウと付き合いたいと思ってるんだったらスパッと告白しないとダメだよ。遠まわしに言っても絶対伝わらないから」
松丸とは直接の友人ではないため応援する気はなかったが、マイは一般的なアドバイスとして貴美子にそう助言した。マイの言葉を聞いた貴美子は少しだけ眉根を寄せる。
「バレンタインに家までチョコあげに行って、それでも伝わってないってすごいね。小笠原くんって、やっぱり謎かも」
「……私もよく分からないかも」
マイは夏に、少しだけユウの内面に踏み込むことに成功した。その時はユウのことがよく解ったような気がしていたのだが、マイは今、再びユウのことが解らなくなっていた。
(ユウのこと分かったような気がしたなんて夢だったのかも)
ちょっとだけユウのことを好きになる前の状態に戻ってしまったマイは朝香や貴美子と同じように謎だと呟いた。
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