Loose Knot

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レッツ フォーゲット


 渡部と朝香を調理室に残して校舎を出たユウとマイは学園の近所にあるスーパーへ向かうため校門へと足を向けた。すると帰りがけと思われる久本と貴美子に出会い、お互いに何となく歩み寄る。ユウとマイが二人でいるのを見て貴美子が周囲を窺うようにしていたが、彼女はやがてマイに視線を定めて口火を切った。

「朝香は?」

「とりあえず、二人にしてみた」

「あ、そうなんだ……」

 マイの返答を受け、貴美子は何とも言えない表情になった。マイと貴美子の間に妙な空気が流れているのを見て取り、ユウは首を傾げる。しかし話に乗れていないのはユウだけのようで、久本は小さく肩を竦めていた。

「女ってそういうの好きだよな」

 久本が独白を零すとマイはムッとしたような顔になり、貴美子は苦笑いを浮かべた。一人話が見えないユウはさらに首をひねる。

「そういうの?」

「渡部と北沢をわざと二人きりにさせたりとか、そういうの」

「ふうん?」

 久本が何を言いたいのか分からぬまま、ユウはとりあえず相槌を打ってみた。だがユウが話を理解していないことはすぐに知れてしまったようで、久本を初めマイや貴美子までもが呆れ顔になる。

「もしかして小笠原、北沢が渡部のこと好きなの知らなかった?」

 久本が瞠目しながら核心に触れたが、特に驚きも感じなかったユウは「へえ」とだけ応えた。その淡白な反応にマイが大きなため息を吐く。

「ムダだよ、久本。ユウ、渡部くんが私たちと同じ小学校だったのも知らなかったんだから」

「マジで? お前、どれだけ他人に無関心なんだよ」

 直接的な知り合いではなくとも、同じ学校に通っていれば何となく顔くらいは覚えているものである。久本はそう言い、マイや貴美子も頷いていたが、本当に知らなかったのだから仕方がないとユウは胸中で呟いた。

「朝香って小学生の時から渡部くんのこと好きだったんでしょ? 久本くんはすぐ分かった?」

 一人だけ出身校の違う貴美子が話題を元に戻したのでユウへの言及はそこで途切れた。久本はだいぶ以前から朝香の想いを知っていたようで、したり顔で頷いている。

「誕生日やバレンタインに渡部が何かしらもらってたからな。しかも毎年、欠かさず。そりゃ、気付くって」

 だが渡部自身は朝香の想いに気がついていなかったようで、中学生になると他に彼女をつくってしまった。渡部の彼女はユウ達とは別の中学に通っていたため、その事実を知らなかった朝香は中学二年生のバレンタインデーに告白して、フラれてしまったのである。そうした渡部の過去を聞かされてしまったユウは、胸中でもう一度「ふうん」と呟いた。

「まあ、その彼女とも高校に入ってからうまくいかなくなって、結局は別れたみたいだけどな」

 久本の暴露話を聞いたユウは夏休み明けに渡部がそんなことを言っていたなと思い返した。しかしマイや貴美子にとっては初耳だったようで、彼女達は目を瞬かせている。

「じゃあ、渡部くんって今フリーなの?」

「新しい彼女ができたって話も聞いてないから、たぶんそうなんじゃん? オレより、毎日顔合わせてる小笠原とかクニコの方が詳しいんじゃないの?」

 久本の口から国松の愛称が飛び出したので、ユウは朝別れたきり姿を見かけていないクラスメートの姿を何となく思い浮かべた。だがマイにとっては渡部の話題の方が重要なようで、彼女は真剣なまなざしで問いかけてくる。

「で、ユウ、どうなの?」

「……知らない」

 どうと言われても困ると思いながら、ユウは事実だけを述べた。マイはあからさまにガッカリしていたが、ユウの淡白な反応に久本が笑いを零す。

「ま、なるようにしかならないって。それとも倉科、オレたちの時みたいにまたキューピッドになるのか?」

「はいはい、ごちそうさま」

 含みを持たせた久本の言葉はノロケだったらしく、マイは大袈裟に肩を竦めて見せた。無言で頬を赤らめている貴美子に別れを告げ、マイはまたしても話が呑みこめないでいるユウを振り返る。

「行こ、ユウ」

 再び強引に腕を引かれ、ユウは眉根を寄せたまま歩き出した。ユウが歩き出したことを確認し、マイはすぐさま手を離す。しかし並んで歩む距離は近く、ユウは落ち着かない気分になった。

(ああ……そうか)

 この忙しなさが何からきているのか考えた時、ユウはすぐさま答えを見つけ出した。それと同時に、マイの彼氏と三人で気まずい帰路を辿った記憶が呼び覚まされる。一応言っておいた方がいいと思い、ユウは隣を歩くマイを振り向いた。

「マイ」

「ん?」

「近い」

「は?」

 マイが怪訝そうな顔を向けてきたのを機に、ユウは一歩分横に離れる。ユウの動作を見てマイはさらに眉間の皺を深くした。

「何してんの?」

「誤解、されたくないんだろ?」

「誤解?」

「だから、あの彼氏に」

 いつまで経ってもマイが理解してくれないのでユウは少し苛立ちながら言葉を切った。話は通じたようだったのだが、マイはあっけらかんとユウの気遣いを笑い飛ばす。

「ああ、いいのいいの。もう別れたから」

「は?」

「結婚式の時ユウが言ってたみたいにさ、やっぱり自然がいいよね。だから変に気、遣わなくていいよ?」

 マイはアッサリと言ってのけたがユウは絶句した。それならば、あの気まずさは何だったのか。ささやかながら気配りをしていたことも全てが無駄になる。そう思うと、次第に憤りがこみ上げてきた。分かっていないのは、やはりマイの方なのだ。

(何なんだよ)

 文句を言おうにもマイはすでに歩き出してしまっているので届かない。仕方なく胸中で憤りを吐き出したユウは重いため息をつき、マイが何を考えているのか分からないとぼやきながら彼女の後を追った。






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