最後の最後でユウとの関係がぎくしゃくしてしまったマイはもやもやした気分のままファミリーレストランを訪れた。そこにはすでにクラスメイト達が集まっていて、思い思いに話し込んでいた。
「あ、マイ」
マイの姿を認めた朝香が席を立ち、少し怒ったような表情をしながら近寄って来る。マイは朝香の腕をとり、そのままレストランの外に引きずり出した。何の連絡もなく約束をすっぽかされたことに憤っていたであろう朝香は、マイの様子がおかしいことを察して眉根を寄せる。
「何? どうしたの?」
「キミちゃんから何か聞いた?」
「ううん? 何かあったの?」
「キミちゃんと久本、付き合うことにしたんだよ」
「えーっ!?」
瞠目した朝香の叫びはファミリーレストランの駐車場に響き渡り、店内に入ろうとしていた者や車から降りてきた者の注目を集めた。朝香は慌てて口元を押さえ、マイに顔を近づけて小声で話を再開させる。
「それ、ほんと?」
「うん。私は締め出されてたから何がどうしてそうなったのか知らないけど、ほんと」
「何それ」
呆れた表情をした朝香が詳しい説明を求めたので、マイは知っていることを教えた。貴美子が告白に至るまでの経緯を聞いた朝香は納得して頷く。
「へええ、そんなことになってたなんてね」
「ミラクルだよね。私もビックリした」
「たぶん、貴美子が一番ビックリしてるよ」
「そうかも。でも、良かったよぉ」
「うん。で、マイは何でヘコんでんの?」
突然話題をすり替えられたマイは言葉に詰まった。朝香は無言でマイの返事を待っている。気落ちしていないとは言えない心情だったので、マイはユウに拒絶されたことを朝香に語った。
「ふうん。マイって小笠原くんのこと好きだったんだ?」
「寝てばっかだけど、ユウにだっていいところはあるんだよ。嫌いなわけないじゃん」
「いや……その話はもういいや。それで、松丸さんとの噂だっけ?」
「うん……。ちょっと気になったから聞こうと思っただけなのに」
思いっきり拒絶されたとぼやき、マイはしゅんとした。朝香は腕組みをして何かを考えているようだったが、やがて沈黙を破った。
「あのさぁ、それって小笠原くんが松丸さんに気を遣ったってことじゃないの?」
「へ? どういうこと?」
「松丸さんの方が小笠原くんを好きだった。これは間違いないでしょ?」
「うん。間違いないと思うけど?」
「小笠原くんは松丸さんに気があったからお返ししたの?」
「それは……微妙。わかんない」
「松丸さんは小笠原くんに気があったんだから、小笠原くんから告白したんだったら松丸さんが断るはずないでしょ? でも、ホワイトデーが終わってみたら小笠原くんが松丸さんにフラれたって噂が流れてる。だったら、考えられるパターンは二つでしょ」
朝香の口調が推理風だったので、聞き入ったマイは次の言葉を待った。朝香はマイが興味津々な表情をしていることに呆れながらも推理を続ける。
「まず考えられるのが、小笠原くんが松丸さんをゲンメツさせたってこと。百年の恋も一時に冷める、みたいなことを小笠原くんがやらかしちゃったとしたら?」
「……フラれる。でも、それって何?」
「そんなの知らないよ」
マイの疑問をあっさりと切り捨て、朝香は話を続けた。
「もう一つは、松丸さんが告白したけど小笠原くんが断ったって可能性があるでしょ?」
「でも、それが何でユウがフラれたってことになるの?」
「だーかーら、松丸さんが小笠原くんにフラれたって噂にならないために、小笠原くんがそういう風に仕向けたんじゃないの?」
「うーん?」
首を傾げたままのマイは頭をフル回転させた。朝香は鈍すぎると捨て台詞を残し、店内に戻って行く。駐車場に取り残されたマイは考え続け、しばらくしてから朝香の言っていたことを理解した。
(ああ、なるほど。でも、どっちなんだろう……)
マイは直接的に松丸と知り合いではないので、噂の真相はユウの態度から判断するしかない。しかしユウの言動を思い返すほどに、マイは分からなくなっていった。
(……どっちもアリじゃん)
ユウが拒絶を示しているので、本当のところは分からない。だがマイは、後者の方ではないかと思っていた。ユウは常識外れなところもあるが、根は優しいからである。
「…………」
気を取り直したマイはクラス会が行われている店内に向かって歩き出した。後でユウに甘いものでも持って行ってあげようと思いながら。
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