Loose Knot

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見ちゃいけないもの


 午後三時に学校が終わると、ユウは部活動に行く渡部と国松に別れを告げて一人帰路を辿った。九月になったとはいえまだ日差しはきつく、半袖から出ている腕を焦がしていく。だがいつでもマイペースなユウは急ぐこともなく、午後の日差しが降り注ぐ中をのんびりと歩いていた。

 バスを使わずに駅から徒歩で自宅を目指していたユウはふと、前方に霞ヶ原高校の制服を見つけて目を留めた。チェック柄のミニスカートを履いた少女と、同じくチェック柄のズボンを履いた少年が並んで歩いている。一見した感じから察するに、どうやらカップルのようだ。

(マイに彼氏ができたら、あんな感じになるのか)

 そんなことを考えながらのんびり歩いているカップルを追い抜こうとしたら、声をかけられた。呼び声に振り向いたユウは見知った少女が手を振っているのを見て苦い表情になる。カップルの女の方はユウの家の隣の隣に住む倉科マイだった。

「……何でそんなイヤそうな顔すんの?」

 足を止めて振り向いたユウの傍に来たマイは少し不愉快そうな口調でそんなことを尋ねてきた。まさかちょうどマイのことを考えていたので驚いたとも言えず、ユウは曖昧に答えを濁す。マイの疑わしげな視線から逃れたユウは自然と、彼女の隣に佇んでいる少年を見た。

 マイの彼氏であろう少年は、ユウを見て嫌そうな表情をしていた。だがそれも一瞬のことであり、ユウと目が合うと彼は取り繕った笑みを浮かべる。早めに退散した方が良さそうだと思ったユウは口火を切ろうとしたのだが、その前にマイが口を開いた。

「彼氏。センパイ、こっちは近所に住んでるユウです」

 前半はユウに向け、後半は彼氏に向かって、マイはわざわざ紹介をした。ユウと少年はお互いに軽くお辞儀をしたが、気まずい雰囲気は拭えない。だがマイはまったく気にしていないらしく、両者を促して歩き出した。

「今ね、センパイに送ってもらってたんだよ。上がっていきますよね、センパイ?」

 気を遣っているのか両者に向けて話しかけているものの、マイは根本的な何かを間違っている。成り行きでカップルの邪魔をすることになってしまったユウは嘆息したが、次第に面倒になってきたので平素のようにマイに話しかけた。

「マイ、スカート短すぎ。履いてるのか履いてないのか分からないじゃん」

 六月に会った時よりもマイのスカート丈はさらに短くなっていた。さらにはワイシャツの上に長めのベストを着ているので、スカートの大半が隠れてしまっているのだ。ユウがみっともないと言うとマイは不満顔になった。

「え〜? カワイイですよね、センパイ?」

 マイが猫なで声を出したのでユウは妙な気分に陥った。マイの彼氏も頷いてはいるものの、やはりユウの存在が気になっているようだ。何か言いたそうな顔をしている少年に多少に哀れみを感じたユウは二人の会話を邪魔しないよう、素っ気なくならない程度に無言を貫いた。

 奇妙な帰り道は、時間にしてみれば十分程度のものだった。しかし倉科家へと消えて行く二人と別れて自宅に着いた途端、どっと疲労感が押し寄せてくる。柄にもなく気を遣ったせいで必要以上に疲れてしまったユウは何とも言えない気分を引きずったままリビングに入った。するとそこには母親がいて、彼女はユウの顔を見るなり眉根を寄せる。

「どうしたの?」

 母親の問いに答えるのも面倒だったので、ユウは適当にあしらいながら冷蔵庫へ向かった。食器棚から取り出した愛用のカップに冷えた麦茶を注ぎ、一息に流し込む。渇いた体に麦茶が、沁み入るように広がっていくような気がした。

 ようやく一息つくことが出来たユウは二杯目の麦茶をカップに注ぎ、それを持って二階へと上がった。窓は開いているものの風がなく、日中の熱がこもっている室内は暑い。再び汗が噴き出してきたので、ユウは急いで制服を脱ぎ捨てた。

(……ダメだ、シャワーでも浴びてこよう)

 ベタついてどうしようもない体と何となくモヤモヤしている心をリフレッシュさせるために、ユウは再び階下に下りた。後で改めて入浴するので簡単に汗を流し、タオルを肩に引っかけたままの姿で再度自室へ戻る。室内は相変わらず暑いが、それでもシャワーを浴びた分だけ清々しさが増していた。

 ベッドに腰を下ろしたユウは何となく、窓の外に視線を移した。隣家に遮られているので見ることは出来ないのだが、彼の視線の先には隣の隣の家がある。そうしていると自然と、仲睦まじく歩いていたマイ達の姿が蘇った。

(自分が気を遣えって言ったくせに)

 好きな人ができたから、あまり仲がいい様子を見られると困ると言ってのけたのはマイの方なのだ。にもかかわず、彼女には彼氏を気遣う様子すらない。それとも、一度両思いになってしまえば気遣う必要などないということなのだろうか。

(……分からないな)

 そして分かってないのはマイの方だとぼやき、ユウはため息をつきながら立ち上がった。机の上に放置していたカップに気が付いて口に運ぶも、先程まで冷えていたはずの麦茶はすでに温くなっている。顔をしかめながらカップを遠ざけたユウはふと、中学時代のある日を思い出して動きを止めた。

 サッカーボールの描かれた白いカップはユウが子供の頃から使っている品である。中学二年のバレンタインデーの翌日、わざわざ自室までチョコレートを持ってきてくれたマイがこのカップでコーヒーを飲んでいた。彼女はこのカップがユウのものであることを知らず、そのことを教えてやるとギョッとしていたものだ。今まで忘れていたのに何故急にこんなことを思い出したのか、ユウは自分の思考を不可解に思いながらカップを置いた。

(もしかして、俺……)

 いつの間にかマイのことを、家族同然として見ていたのかもしれない。だからやりすごそうとされたことに憤りを感じ、彼氏と仲が良さそうにしている姿に複雑な思いを抱いたりするのだ。そう考えてみた時、ユウは少しスッキリしたような気がした。

(マイが言ってた見ちゃいけないものを見た気分って、こういうことか)

 マイがハワイで言っていた内容に得心がいったユウは思わず苦笑いを零した。まだ麦茶が残っているものの口をつけることが出来なくなってしまったユウはカップを放棄してベッドに転がる。室内にこもった熱が暖めたベッドは熱く、ユウは呻き声を発しながら瞼を下ろした。






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