マイとユウの両親、その他ご近所の仲良しグループは二泊三日の伊豆旅行へと出発した。当日の昼食からでいいとユウの母親に言われていたので、マイは正午の少し前にユウの家を訪れた。
(そういえば、ユウの家にあがるのって初めてだな)
ユウの母親から預かった鍵で玄関を開け、マイは二階を目指した。一軒家の場合、子供部屋は上階にあることが多い。
ユウは一人っ子なので二階の扉にはどの部屋にもプレートらしきものはなかった。仕方なく、マイは一つずつノックをしながら覗いて行く。
「……ユウ?」
二階の四部屋すべてを覗いてもユウの姿はなかった。全ての窓が閉ざされて夏の熱気がこもっていたので換気をしてから、マイは階下へと移動する。ひとまずキッチンに行こうとリビングに足を踏み入れたマイはユウの姿を発見した。
用心のため、ユウの家の窓はすべて閉ざされていた。にもかかわらず冷房もつけず、ユウはリビングのソファに転がっている。マイは窓を開けてからソファに近付いた。寝苦しいようで顔を歪めながら、それでもユウは眠っている。
「ユウ、起きなよ」
マイが体を揺さぶるとユウはゆっくりと目を開けた。泳いでいた視線がマイに固定されると、ユウは重そうな頭を抱えながら体を起こす。
「何でいるんだ?」
「おばさんから聞いてないの? 食事、つくりに来たんだけど」
「……ああ……」
ユウが頭を振ると汗が飛び散った。慌てて身を引きながらマイは距離をとる。
「どんだけ汗かいてんのよ」
「……シャワー、浴びてくる」
のろのろとユウが立ち上がったのでマイは昼食の注文を聞いた。何でもいいとの答えが返ってきたので冷やし中華で済ませることにして、マイはキッチンへと向かう。冷蔵庫の中には必要なものが揃っていたのでマイは調理を開始した。
鍋の水が沸騰する間に卵をとき、焼く。味付けをしない卵焼きが冷める間にキュウリやハムを切り、麺を茹でる。マイが冷めた卵焼きに包丁を入れているとユウがキッチンに姿を現した。
「美味そう」
「すぐできるから、リビングで待ってなよ」
ユウは素直に頷いてリビングへ戻って行った。麺を冷水にさらしてから水気を切り、キレイに盛り付けをしてからリビングへ戻ったマイはユウの姿を見て悲鳴を上げた。
「ちょ、なんて格好してんのよ!」
「……下は履いてるじゃん」
「上! 何でもいいから着てよ!」
渋々、上半身裸のユウは姿を消した。戻って来た時にはTシャツにハーフパンツと見られる格好になっており、マイはホッと息を吐く。
「暑いなら冷房入れれば?」
マイがそう提案してみてもユウは首を振りながら食卓についた。マイもそれほど暑いとは感じなかったのでユウの対面に腰を下ろす。特に会話もなく、室内には麺をすする音のみが響き渡った。
夕食は何がいいかとユウに聞いたところ何でもいいとの答えが返ってきたのでマイはカレーをつくることにした。涼しくなってから近所のスーパーへ買い物に行き、ユウの家に着いた頃には七時を回っていた。
ユウの家はマイが後片付けをして出た時と何も変わっていなかった。夕暮れだというのにリビングの窓は開け放したまま、ユウはソファで眠っている。
(これじゃ泥棒に入られるよ)
明日はもう少し頻繁に様子を見に来なければならない。そう感じ、マイはため息をつきながらキッチンへと移動した。
カレーは時間がかかるのでユウを起さず、マイはキッチンにだけ明かりをつけて作業を開始した。ジャガイモやニンジン、タマネギを刻みフライパンで炒めてから水をはった鍋へと投下する。
「……まだ?」
「うわっ!!」
突然声をかけられたマイは包丁を取り落としそうになった。慌てて握りなおし、マイは一息ついてから振り返る。
「おどかさないでよ。起きてるなら電気くらいつければいいじゃん」
ユウはマイの文句を聞き流しているようで鍋を覗き込んだ。
「カレー?」
「そう。文句ある?」
「好きだから。文句はない」
「じゃあ、あっちで座って待ってなよ。もう少しかかるから」
ユウは頷いて、リビングへと戻って行った。しかし電気をつける気配もなく、マイは鍋をかき回しながらリビングを振り返る。
「ユウ? 電気つけないの?」
返答はなかった。訝しく思い、マイは弱火にした鍋を気にしながらもリビングへ移動した。
「……ユウ?」
ユウはソファで座っていた。しかしその首は垂れ、返事がないところを見ると眠っているようだ。
「よく、そんなに寝られるよね」
呆れ果てた呟きが思わず零れ、マイはため息をつきながら再びキッチンに戻った。
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