夏は厚手の洗濯物もよく乾く。朝一番で干した洗濯物は昼には乾いてしまい、マイは夕立を気にしてとりこみにかかった。
紫外線は厳しいが洗濯物が早く乾くことは気持ちがいい。とりこんだばかりのタオルからは太陽の匂いがして、マイは爽快な気分で顔を上げた。
「あれ? ユウ?」
庭先で珍しい姿を見つけたのでマイは声を上げる。マイに気がついたユウは小さな荷物を片手に傍へ来た。ユウが持っている包みに目を留めたマイは何気なく尋ねる。
「本屋?」
「そう」
「なんか、ユウが昼間歩いてるところ見るの久しぶり」
「そうか?」
「そうだよ。全然焼けてないし」
ユウは腕を持ち上げて、半袖から覗いている自分の肌を見下ろした。それから顔を上げ、確かに焼けてないなと笑った。
(あ、ユウが笑った)
新鮮なものを見たような気がして、マイは何故か慌てた。
「そ、そうだ。上がってきなよ」
マイの誘いが唐突であったのでユウは首を傾げる。マイはしまったと思い、さらに慌てた。
「麦茶でも出すから。暑いでしょ?」
「……じゃあ、おじゃまします」
マイは玄関に回ろうとしたがユウは庭に侵入してきた。縁側からでいいとユウが言うので、そのまま二人で家の中へ入る。
二階の自室に入るなりベランダに布団が垂れ下がっていることに気が付き、マイは窓を開けた。夏の日差しをたっぷり浴びた布団をとりこんでから、マイはユウを振り返る。
「ちょっと待ってて。今持ってくるね」
ユウを部屋に残してマイは階下へ急いだ。よく冷えた麦茶に氷を放り込み、グラスを二つ持って自室へ戻る。
「お待たせ」
よほど喉が渇いていたのか、グラスを受け取るとユウは一気に干した。一息ついた幸せそうな微笑を浮かべられ、マイはあ然とする。
(うわー、そんな表情もするんだ……)
驚きの連続でマイが呆けているとユウはとりこんだばかりの布団に熱い視線を注いだ。
「ユウ?」
マイが首を傾げている間にユウは布団に倒れこんだ。目を疑ったマイは悲鳴に近い声を上げる。
「な、何してんの!?」
「太陽の匂いがする」
独白のように呟いた後、ユウは目を閉じた。そのまま気持ちよさそうに寝入ってしまい、マイは成す術なくユウの横顔を眺める。
(……そんな幸せそうな顔見せられたら起せないじゃない)
布団を抱え、ユウは丸くなって眠っている。流れた前髪から覗く顔は、子供のような無邪気さを漂わせていた。
(どうしよう……)
マイは途方に暮れ、そのうちに日も暮れていった。
ユウがマイの部屋で眠ってしまったので、最後の夕食はマイの家でとることになった。食事を終え、ユウが帰るとも言い出さなかったので二人で縁側に移動する。まだ気温の下がりきっていない温い夜風を受けながら、マイは思いきって口火を切った。
「ねえ、ユウ」
「何?」
「ユウってさ、寝るのが好きなの?」
「どうでもいいじゃん」
「どうでもよくないよ」
マイがきっぱりと言い放つとユウは顔を傾けた。ユウの顔は無表情に近いが、マイがいつもと違う反応をしたことに戸惑っているようであった。ユウはしばらく考えているようであったが、やがて口を開く。
「何で?」
「聞きたいから」
「……だから、何で?」
「興味。ユウがどんなこと考えてるのか知りたいの」
「興味、ねえ……」
「ユウの寝顔、幸せそうだった。だから好きなのかなって思ったの」
「うん、幸せ」
「あ、やっぱり? でもさ、暑くて苦しそうな顔して寝てる時もあるじゃない? それでもやっぱり幸せなの?」
「……何でそんなに見てるんだよ」
呆れたような顔をしたユウは夜空を仰いだ。つられて、マイも狭い夜空を見上げる。
「洗濯物とりこんでる時」
「え? 洗濯物?」
ユウが唐突に喋り出したので真意が掴めず、マイはキョトンとして目を向けた。ユウはぼんやりと空を眺めたまま話を続ける。
「マイ、幸せそうな顔してた」
「あー、うん。カラッと乾いて気持ちいいよね」
「夏の昼寝も、そんな感じ」
「……もうちょっと説明してほしいな」
「太陽がまぶしくて、緑がキラキラしてると幸せだろ? 暑いけど、ときどき冷たい風が吹くと気持ちいいし、思いっきり汗かいてからシャワー浴びるのも、気持ちいい」
「あ、それなら分かる。気持ちいいと幸せだよね?」
頷いて、ユウは言葉を途切れさせた。下手くそな説明ではあったがユウが胸の内を明かしてくれたことをマイは嬉しく思った。自然と、マイの唇からは言葉が零れ出す。
「ユウのことけっこう好きかも」
「……は?」
驚いて顔を向けてきたユウの様子がおかしくて、マイは声を上げて笑った。
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