部活動が終わる時間まで貴美子に付き合ったマイと朝香は校門を出たところで別れた。マイは夕暮れの家路を一人で辿っていたのだが、前方に知った姿を発見したので足を速める。追いついて声を掛けると、ユウは肩に掛けた鞄を下ろしながら振り向いた。思わぬ懐かしさが湧いてきて、マイは自分でも驚きながら独白する。
「なんか、ユウと歩くのってすごい久しぶりな感じ」
実際はマイが感じているほど久しぶりではないのでユウは首を傾げた。その表情にはいつもの気怠さがなく、不思議に思ったマイは疑問を口にする。
「ユウ、最近学校で寝なくなったんだって?」
「……何で知ってるんだよ」
クラスが違うにもかかわらずマイに情報が伝わっているのでユウは呆れたような鬱陶しそうな、微妙な表情をした。その表情はいつものユウだったのでマイは肩の力を抜いて笑う。
「朝香に聞いた。同じクラスでしょ?」
「ああ……北沢さんか」
「何で急に起きてるようになったの? もしかして、受験生になっちゃったから?」
「どうでもいいじゃん」
説明が面倒だとでも言いたげにユウは息を吐いた。どうでもよくなかったのでマイは食い下がる。同じようなやりとりを前にもしたなとマイが思っていると、ユウも同じことを考えていたようで妙な表情になった。
「また興味?」
「興味?」
「……自分が言ったこと忘れてるし」
「……何か言ったっけ?」
マイが眉根を寄せて記憶を探っていると、ユウはもういいと首を振った。
「受験生だからっていうのもあるけど、テレビ見てて考えたから」
「テレビ?」
ユウの話には脈絡というものがなく、マイは眉間の皺を深くする。ユウは隣を歩いているマイを横目で一瞥した後、話を続けた。
「マイ、床擦れって知ってる?」
「ううん、知らない。何?」
「ずっと寝てると腰とか肩とかに血がいかなくなって、そこの部分が死ぬこと。病気とかで寝返りをうてなくなると床擦れになって、すごく痛いらしい」
「……そんな番組を見てたの?」
ユウは頷き、その番組を見て考えたことについて語った。
「起きたくても起きられない人がいるんだ。だから元気なのに寝てばっかりじゃ、その人達に失礼だと思って」
同じように、世界には勉強をしたくても学べない子供達がいる。日本がどれだけ恵まれているかとコメントをした番組解説者に賛同し、ユウは勉強を始めたのだそうだ。呆気に取られたまま話を聞いていたマイは、ユウが閉口すると一言呟いた。
「そ、そう……」
そう言う以外、マイには反応のしようがなかった。ユウはマイの反応を気にするでもなく、家に着いたので別れを告げる。ユウと別れたマイは二軒先の自宅に入り、呆けたまま二階にある自室へと戻った。
着替えている間、マイはユウが言っていたことを思い返していた。テレビの影響を受けてというのは単純だが、ユウは誠意から生活態度を改めたのである。ゴールデンウイークの計画で頭がいっぱいだったマイは、ユウのことを偉いなと思った。
(私も勉強しよう)
着替えを終えたマイはクローゼットを閉ざし、密かに決意する。しかし休みを潰す気もなかったマイは「それはそれ、これはこれ」と割り切ってから、考えることを止めたのだった。
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