松丸と仲良くなった日曜日から数日後、再び雨が降った。先日反省したにもかかわらずマイは天気予報を見ておらず、まるでそれが当たり前のことのように傘をさして下校している生徒達を見送っていた。
(あーあ、まただよ)
昇降口から動けないでいるマイは憎き曇天を見上げ、それからため息をつく。空は暗く、本降りの雨がアスファルトに打ちつけていた。
昇降口で雨が上がるのを待っているマイは何人かの友人と顔を合わせたりしたのだが、同じ方向へ帰る者はいなかった。仕方がないので調理部の部活動が終わるまで待ち、朝香の傘に入れてもらおうと思ったマイは教室へ引き返すことにした。
「マイ? 何やってんの?」
歩き出そうとしたタイミングで声をかけられたため、マイは体勢を崩しながら振り向いた。下校の波も落ち着いてきた下駄箱にユウの姿を見つけ、マイは傍へ寄る。ユウの手に傘が握られているのに目を留めたマイは即座に手を合わせた。
「カサ忘れたの。入れて」
マイに拝まれたユウは嫌そうな表情をしたが返事は後回しにし、外に視線を移す。雨がやむ様子もないことを確認したユウはため息を吐きながらマイに傘を差し出した。
「貸すから。使えよ」
「えっ、ユウはどうするの?」
「走って帰る」
ぶっきらぼうに言ったかと思うとユウはさっさと歩き出した。マイは慌てて後を追い、ユウが下駄箱を出る前に引き止める。
「それはダメだって。いいじゃん、一緒に帰ろうよ」
どうせ同じ方向なんだからとマイが言ってもユウは渋い表情のままだった。ユウが何を渋っているのか分からなかったマイは首を傾げる。マイの様子を見たユウは大袈裟にため息をついた。
「恥ずかしいじゃん」
「なんだ、そういうこと」
ユウが渋っている理由には納得したものの、ユウが濡れて帰ることには納得のいかなかったマイは傘を開き、ユウの腕を強引に引いて雨中に出た。マイの言動がちぐはぐだったので対応の遅れたユウは呆気にとられたまま歩き出す。ユウは観念したようで、それ以降は逃げ出そうとはしなかった。
「カサ、放せよ。俺が持つから」
ユウの申し出に従い、マイは傘から手を離して鞄を持ち直した。ユウの方が背が高いので、マイが傘を持つと腕を伸ばしていないといけないのである。マイはユウを見上げ、改めてお礼を言った。
「ありがと。やっぱ天気予報って見ないとダメなんだね」
「今日の降水確率、八十パーセント。カサ持ってきてない方がおかしい」
「八十パーセント? どうりで皆カサ持ってるわけだよ」
自分に呆れたマイは苦笑いをした。ユウもマイに呆れたようで、短く息を吐く。
「この間もマルにカサ貸してもらったばっかりなんだよね。買い物に出たら雨に降られちゃって」
日曜日の出来事を思い出したマイは、何の気なく独白を零した。ユウは話には付き合ってくれる質なので、マイの独り言をすくって首を傾げた。
「マル?」
「ああ、松丸さんのこと。今年、同じクラスなんだ」
「……仲、いいの?」
「この間仲良くなったばっかり。可愛くてやさしいなんて完璧だよね」
ユウは応えにくそうにしていたが、ついには沈黙してしまった。やはり松丸をフッたことを気にしているのだと思ったマイは、ユウに明るく声をかける。
「マル、フラれてすっきりしたって言ってたよ。ユウもあんまり気にしない方がいいんじゃないかな」
「……何の話してんだよ」
「あとねー、小笠原くんってやさしいけど鈍いよね、だって」
マイがケラケラ笑うとユウはむっつりして口をつぐんでしまった。からかいすぎたかなと思ったマイは松丸の話題を終わらせたが、次の話題が見付からなかったので閉口する。ユウがボソッと何事かを呟いたが、それはマイの耳に入る前に雨音にかき消されてしまった。
「え? 何か言った?」
「何も」
「今、絶対何か言ったよね?」
「しつこい。ほら、もう着いたから」
マイから傘を外し、ユウはさっさと歩き去ってしまった。まだ雨が降り続いているのでマイも足早に軒先へ移動する。呟きの内容は気になったが、しつこくするのもどうかと思ったマイは気にしないことにして帰宅したのだった。
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