Loose Knot

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ホワイトデーの動機


 夕食を終えてすぐ、貴美子から電話がかかってきたのでマイはベッドに転がりながら通話を開始した。

『今、大丈夫?』

「うん、平気。朝香から何か聞いた?」

 用件を察していたマイは貴美子の声音を窺いながら慎重に問いかける。携帯電話の向こう側で貴美子が頷いたのでマイは小さく息を吐いた。

「知らなかったよ、キミちゃんの好きな人が久本だったなんて」

『私もマイちゃんが久本くんと知り合いだって知らなかったから。隠してたわけじゃないんだけど、言わなくてごめんね』

「ううん。気にしないで。それより、久本に彼女いるか確認する?」

 マイが単刀直入に尋ねると貴美子は黙ってしまった。電話越しでも迷っているような気配を察したマイは自分から話を進める。

「バレンタインの時も迷ってたみたいだけど……告白とか考えてたりしないの?」

『久本くん、部活忙しそうだし。それに、もう三年生になるでしょ? 言うチャンス逃しちゃったかなって思ってる』

 貴美子の返事を聞いたマイの頭には受験の二文字がチラついた。加えて、運動部に所属する者にとって三年の夏は中学生活最後の大会があるのだ。確かに恋愛している暇はないかもしれないと思ったが、マイは貴美子を励ました。

「だったらさ、やっぱり久本に彼女いるか聞いてくるよ。こんなこと言うのもアレだけど、もし彼女いたらキミちゃんも諦めつくかもしれないし」

『……そうだね。じゃあ、お願いしようかな』

「うん、わかった」

 貴美子に頷き返しながらマイは体を起こした。インターホンが鳴り、階下から母親の呼ぶ声が聞こえてきたからである。

「ごめん、誰か来たみたい」

『あ、うん。じゃあ、また学校で』

「うん、またね」

 通話を打ち切ったマイは携帯電話をベッドに放り投げ、自室を出て階下に向かった。階段を下りている途中でユウの姿を目にしたマイは驚きながら歩を早める。

「どうしたの? こんな時間に」

 マイが問うとユウは不服そうな表情で答えた。

「アイス、食わしてくれるって言ったじゃん」

「あ、忘れてた」

 貴美子のことで頭が一杯だったマイは本気で忘れていたのでユウに侘びを入れた。ユウはまだ不満そうにしていたが、マイは文句を言われないうちに上がるよう促す。先に二階へ行っているようユウに言い置いてから、マイはシャーベットを取りに台所へ向かった。

「上にユウがいるから。これ食べさせたら帰す」

 時刻が八時を回っていたので、マイは一応リビングにいる母親に断りを入れた。母親はマイが手にしているシャーベットを一瞥した後、別段気にする素振りもなく笑顔で頷く。

「そんなに急かしたらユウちゃんが可哀想でしょ? ゆっくりしていけばいいのよ」

「……あのね、明日も学校だから」

 相手がユウだと途端に呑気となる母親をねめつけ、マイはリビングを後にした。自室へ戻ってユウにシャーベットの盛られた皿を渡し、マイはベッドに腰を下ろす。まだアイスを楽しむには寒い時期だったので、マイは暖房のスイッチを入れてから改めてユウを見た。

「松丸さん、喜んでくれた?」

 マイにとっては自然な流れで口を突いて出た言葉であった。しかしユウは、ふっと顔を曇らせる。ユウがそうした表情をすることは珍しいので、マイは驚いた。

(な、何かあったのかな?)

 そうは思ったものの、ユウからは質問を拒絶するオーラが漂っていたのでマイは閉口する。会話が途絶え、室内にはシャーベットを崩すシャリシャリという音だけが小さく響いていた。

(うわぁ……何この空気)

 自分の部屋にいるのにどうして気詰まりを覚えなければならないのだと、マイは眉根を寄せる。しかし唐突に、沈黙は破られた。

「久本と仲良かったんだ?」

 ユウがそんなことを言い出したのでマイは首を傾げながら話に応じる。

「そんなに仲が良いってわけじゃないよ?」

「でも、何かもらったんじゃないの?」

「そう! 聞いてよ!」

 ユウの一言で久本の仕打ちを思い出したマイは憤慨した。マイが突然声を張り上げたのでユウはビックリしたように目を瞬かせる。しかしマイはユウの様子などお構いなしに久本から受けた嫌がらせの内容を切々と語った。ユウはぽかんとしながら聞いていたが、マイの話が一段落したところで眉根を寄せて口を挟む。

「アメ、どのくらいあったんだ?」

「うーん、二十個くらいはあったかな?」

「……運、悪すぎ」

 呟いた後、ユウは笑い出した。それまでの気まずい空気が吹き飛んだので、マイはまあいいかと思いながら苦笑する。だが微妙な違和感を覚え、マイはユウに話しかけた。

「ユウは久本のこと知ってたの?」

「うん。一年の時、久本に勧誘されてたから」

「は? ユウをサッカー部に、ってこと?」

「そう」

 ユウは何でもないことのように頷いたが、彼がサッカーをしている絵をどうしても想像出来なかったマイは吹き出した。

「うわー、似合わない。ユウが運動してる姿なんて想像つかないよ」

「週二回、体育でやってるから」

「もしかして、ユウって運動神経いいの?」

「さあ?」

「よし、次の体育の時はユウを見てよう」

「……やめろよ」

 ユウは嫌そうな顔をして身を引いた。その態度がいつものユウに戻っていたのでマイは内心で安堵する。

(あっちもこっちも明るくないなぁ)

 人知れず息を吐いたマイは、同時に周囲がバレンタインデーやホワイトデーで盛り上がっているのに一人だけ取り残されていることに若干の寂しさを感じていたのであった。






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