パーティー会場である国松の家を見るなり、ユウは思わず一人で頷いた。閑静な住宅街の一画にある国松の家は、確かに絵に描いたような豪邸ではなかったが、周囲の家々とは有している面積が違うのだ。車中で渡部が言っていた『小金持ち』という言葉がまさに適切であり、ユウは納得したのだった。
外観から想像した通り、家の中も広々とした空間が広がっていた。パーティー会場は十二畳ほどありそうなリビングであり、そこにはすでに飾りつけが施されている。クリスマスカラーに彩られたもみの木が目を引いたので、ユウは何となく傍へ寄ってみた。
「すごいね」
ユウの隣へとやって来たマイが、もみの木の頂に飾られている星を仰ぎながら感嘆の息を零す。二人してクリスマスツリーに見入っていると背後から声をかけてくる者がいた。ツリーから視線を移したユウとマイは、そこに見知った少女が佇んでいるのを見てそれぞれに反応を示す。
「マル! 久しぶり!」
中学時代の友人である松丸と久しぶりの再会を果たしたマイは、はしゃいだ声を上げて彼女と手を取り合った。お互い懐かしそうに相手を見つめながら微笑んでいる少女達の様子を、ユウは無言のまま眺める。ひとしきり喜びを分かち合った後、松丸はユウに視線を傾けてきた。
「久しぶりだね、小笠原くん」
微笑む松丸の表情からは、もうぎこちなさを感じることもなかった。実は密かに緊張していたユウは内心でホッとしながら笑みを返す。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。国松くんから学校での話を聞いたんだけど、小笠原くんも元気そうだね」
松丸は『聞いた』と言っているものの、正確に言うならばおそらく『聞かされた』のだろう。いつも、訊かれてもいないことをベラベラと喋っている国松の姿を思い浮かべたユウは苦笑を零した。松丸は小首を傾げながらもユウに笑みを向け、それから再びマイに視線を移す。
「マイも元気そうだね」
「うん。ふつーに高校生やってるよ」
「彼氏とかできた?」
「うーん、いた時もあったけど。別れちゃったから今はいないよ」
「そうなんだ?」
年頃の女の子達らしく、マイと松丸は恋愛談義を始めてしまった。彼女達の間に挟まれつつも話に割り込めないでいるユウは、どうしたものかと考えを巡らせる。その結果、話の邪魔にならないようその場を離れるという結論に達してさりげなく歩き出した。
「なんかねぇ、付き合う前の方が楽しかったなぁって思っちゃって。付き合ってからも相手に合わせようってずっと思ってたから楽しくなかったし」
背後にマイの声を聞きながら、ユウはそんなものなのかと胸中で呟いた。
「そんなとこに突っ立ってないで、何か食えば?」
広いリビングの隅の方に体を落ち着けると、今度は久本が話しかけてきた。ユウはテーブルに並んでいる料理を一瞥し、それから久本に視線を戻す。
「適当にやるから」
「あ、そ」
ユウの味気ない反応に久本は呆れた顔をした。しかしすぐ、彼は気分を改めたように口調を明るくする。
「それにしても、小笠原がこういうパーティーに顔出すなんて意外だな」
「……連れて来られたから」
「倉科に?」
「寝てたら、マイと渡部と北沢さんがいつの間にか部屋にいた」
ユウの話を聞くと久本は小さく吹き出した。それは来ないわけにはいかないよなと彼が言うので、ユウは苦笑いをする。
「ま、せっかく来たんだから楽しめば? クリスマスなんだしな」
まるで自分の家のように言い置き、久本は彼女の元へと戻って行った。久本と入れ替わりに、今度はこの家の主が寄って来る。
「あの二人、盛り上がってんな」
国松の視線がツリーの前で談笑しているマイと松丸に向けられていたのでユウは頷いて見せた。
「中学の時から仲いいみたいだから」
「いいよなぁ、松丸さんと同じ中学だったなんて。なあ、やっぱり彼女、中学の頃からモテてた?」
「……知らない」
ユウの淡白な答えに国松は嫌そうな表情をしたが、彼は本当に知らなかったのである。ユウと松丸は中学一年生の時にクラスメートだったが、特に親しくしていたわけでもない。噂話にも興味がなく、学校でも寝てばかりだったユウにとってはクラスメートでさえ、その存在は薄いものだったのだ。何事もなければ今頃、ユウは松丸という美少女の存在さえ忘れ去っていただろう。そんな松丸がユウの記憶の中にいるのは、彼女が本命のチョコレートをくれたからである。しかしユウは、あまり会話もしたことのなかった自分が何故彼女に選ばれたのか未だに謎だと思っていた。
「付き合ってるんだから自分で聞けばいいじゃん」
「……付き合ってねーよ。まだ」
「……そうなのか?」
てっきり、すでに恋人同士なのだと思っていたユウは国松の発言に眉根を寄せた。平素より少し沈んだ表情を見せていた国松は無理矢理気分を変えるようにふんぞり返って見せる。
「だから今日、ラストスパートをかけるんだ。俺はやるぜ」
自分に気合を入れるように言い聞かせている国松から少し身を引き、ユウは小声で「頑張れ」とだけ呟いた。
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