Loose Knot

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湯けむり温泉家族旅行


 午前中の高速道路を北へひた走り、倉科家と小笠原家一行は未だ雪が残る山中に佇む温泉宿へと到着した。宿はホテルのように洋風な建物ではなく和風の建造物であり、マイは屋根の上に積もった雪を仰いで感嘆の息を零す。しかしすぐ、宿の入口に佇んでいる人物に目を留めて驚きの声を上げた。

「お兄ちゃん、美樹さん」

 マイの兄である倉科秋雄と、その彼女である高岡美樹は笑顔でマイ達を迎えた。秋雄と美樹はもうすぐ結婚するのだが、そのことはすでに小笠原家にまで報告済みである。兄達も来ることを知らされていなかったマイは、すごい顔ぶれだと思った。

「マイちゃん、ユウくん、合格おめでとう」

 マイもユウも四月から、第一志望だった高校に通うことが決まっている。そのことを知っていたようで、美樹は開口一番にそんなことを言った。

「ありがとうございます」

 声が揃ってしまったので、マイとユウは軽く下げた頭を上げてから顔を見合わせる。その様子を見た秋雄が声を上げて笑った。

「お前ら仲いいな。二人とも寝癖ついてるし」

 車内では特にすることもなく、マイもユウも眠っていたため朝の寝癖がそのままなのである。秋雄にからかわれたマイとユウは苦笑いするしかなく、無言で口角を持ち上げた。

「秋雄、卓球台はあったか?」

 宿の入口から少し離れた場所にある駐車場に車を停めに行っていたマイの父親が戻って来て、息子に声をかけた。父親の言葉にマイは首をひねったのだが、秋雄はニッと笑って見せる。

「あったぜ。勝負するか、親父?」

「よし、一汗かいてから温泉だ」

 兄と父親が勇みながら宿へ入って行くのを、マイは呆れながら見送った。倉科家の男二人が卓球場へ向かったからか、小笠原家の父も嫌がる息子を引きずって宿の中に消えて行く。大荷物を抱えた母親達はすぐに温泉へ行くと言いながら仲居と部屋へ向かった。取り残されてしまったマイは必然的に、もうすぐ義姉となる人物を仰ぐ。

「マイちゃんも卓球する?」

「……いや、いいです」

「だったら私たちもお風呂行こうか」

 他にすることもなさそうだったのでマイは美樹の誘いを受けた。美樹達は二人で一部屋を借りているらしく、母親達が去った方向とは反対側へと歩き去って行く。マイも入浴の準備をするため、母親達が去った方向へ歩き出した。

 平屋造りなので二階はないが、当然のことながら宿の内部は広かった。だが客室のような部屋はなく、目にしたドアには大抵『従業員専用』というプレートがかけられている。どこへ行けばいいのか分からなくなってしまったマイが困っていると、従業員扉が開いて着物の女性が姿を現した。

「あの、すみません。部屋がどこか分からないんですけど……」

 マイが声をかけると仲居は丁寧な言葉遣いで名前を尋ねた。マイが苗字を告げるとそれだけで分かってくれたらしく、ご案内しますと告げて歩き出す。マイはホッとして仲居の後に従った。

 先程仲居が姿を現した扉を開くと、そこは広大な裏庭のようになっていた。だが庭園などになっているわけではなく、平屋造りの建物が等間隔で並んでいる。この宿では離れが客室になっているらしかった。

「あっ」

 前方から見知った二人連れが歩いてきたのでマイは声を上げた。仲居にもう大丈夫であることを告げ、マイは浴衣姿の二人連れに駆け寄る。これから温泉へ行くところらしく、マイの母親とユウの母親は雪の除けられた石畳の道を素足に下駄という姿で歩いていた。

「あら、マイ。あんたも温泉行くの?」

 母親が気楽な声を上げたのでマイは不服に唇を尖らせる。

「置いてかないでよ。部屋がどこかわかんなかったじゃん」

「いつまでも突っ立ってるからよ。どんくさいわね」

 マイの母親は呆れ顔で言い、手荷物の中から鍵を取り出した。差し出された鍵を受け取り、マイは母親が指している方を仰ぐ。

「一番端が小笠原さんが借りてる部屋。その隣よ」

 大雑把な説明を加えるとマイの母親はユウの母親を促して歩き出した。残雪が融けずにいる気候のなか素足でいるのは堪えるようで、寒い寒いというぼやきが聞こえてくる。だったら温泉に入ってから浴衣を着ればいいのにと思いながら、マイは客室へと向かった。

 部屋に荷物を置いた後、マイはタオルやシャンプーなど入浴に必要な物だけを持って母屋に戻った。待ち合わせ場所である宿の入口にはすでに美樹の姿があり、マイは遅くなったことを詫びながら傍へ寄る。美樹は笑顔で、気にしないでと言った。

「それにしても、すごい雪ですね」

 母屋の中を歩き出したマイは所々にある窓に目を留めて感想を口にした。もう三月だというのに雪は窓の上まで積もっていて、窓からは何も見えないのである。

「私もそう思って雪かきしないんですかって仲居さんに聞いてみたんだけど、雪に覆われている方が温かいんですって」

「へえ、わざと雪かきしてないんだぁ。でも、そのうち埋もれちゃいそうですよね」

「さすがに埋もれる前には雪かきするんじゃないかしら」

 美樹の意見をもっともだと思ったマイは自分の発言に苦笑して頷いた。美樹も柔らかい微笑みをマイに向ける。

「寒いから、きっとお風呂が気持ちいいわよ」

 受験の疲れを癒してねと、美樹はさりげなく付け加える。マイはこの人が兄の相手で良かったとしみじみ思いながら頷いて見せた。






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