母屋の宴会場を借りて全員で夕食をとった後、未成年であるマイとユウは早々に客室である離れに引き上げた。戻ってはみたものの一人でテレビを見ているのも味気なく、先程は妙な展開になってしまってゆっくり出来なかったため、マイは一人で温泉に浸かりに行った。他の宿泊客と軽い雑談をしながら温泉を堪能した後、すでに敷いてあった布団に横たわったところで記憶が途絶えている。不意にジャラジャラという音が耳につき、マイは眉根を寄せながら目を開けた。
目を開けた瞬間、強烈な光に焼かれてマイは再び目を閉じた。布団を頭までかぶってみたものの、耳障りな音はまだ止まない。そのうちに会話までもが耳について、マイは仕方なく体を起こした。
「……何してんの」
きちんと敷かれていたはずの布団がいつの間にか退けられていて、そのおかげで出来たスペースには背丈の低いテーブルを囲んでいる人々がいる。マイの声は届かなかったようだが、彼女が体を起こしたことに気がついたユウの母親が声を上げた。
「やっぱり起こしちゃったみたい」
「あら。おはよう、マイ」
母親までもが呑気な顔を向けてきたのでマイは冴えない頭を押さえながら立ち上がった。傍へ寄ってみると、大人達が囲んでいるテーブルには小さな長方形の物が散乱している。麻雀牌だった。
「こんなとこまで来てマージャンなんかしないでよ。うるさくて寝られない」
きれいに揃えられていく牌を憎らしく思いながらマイは不平を口にした。しかし麻雀仲間でもある両家の両親には手を止める気配もない。彼らはそのまま、ゲームを開始してしまった。
「……もういい。お兄ちゃんとこに泊めてもらう」
うんざりしたマイが部屋を出て行こうとすると牌から目を離さないまま父親が制止の声を上げた。
「若い二人の邪魔をするもんじゃない」
まだ寝ぼけを引きずっていたマイは父親の一言でハッとした。今が何時なのかは分からないが、結婚を間近に控えたカップルの部屋を夜に訪れるのはまずい。
「マイちゃん、良かったらうちが借りてる部屋を使って。ユウが寝てるだけだから静かよ」
「えっ……」
温泉でのこともあるので、マイは『それはちょっと』と胸中で呟いた。ユウの母親は畳の上に鍵を置き、マイの返事を待たずに意識を麻雀に戻す。マイが躊躇していると、父親が牌を捨てながら顔を上げた。
「使わせてもらいなさい。いつ終わるか分からないから」
「倉科さん、そいつは通りませんよ」
「何!?」
ユウの父親が口を挟んだのでマイの父親はものすごい形相をしてテーブルの上に顔を戻した。ユウの父親はニヤリと笑い、自分の前に並んでいる牌を倒す。
「メンタンピン、ドラドラ。
「
「いやいやいや、最初から八千点の振込みは痛いですって」
「ついてないわね〜」
楽しそうに話をしながらも、両家の両親達は積んだ山を崩して再び牌を混ぜ出している。ついていけないと思ったマイはユウの母親から鍵を借り、部屋を後にした。
(うわっ、寒い)
もうすぐ四月とはいえ、まだ雪の残っている地域では風が冷たい。寒いと言っていられるレベルでもなく、浴衣一枚で外へ出てしまったマイは急いで隣の離れへ移動した。
「おじゃましまーす」
小声で呟きながら室内に侵入し、内側から鍵をかける。電気は消えているが月明かりが差し込んでいたので、室内の様子は見て取れた。室内に人が入ってきても起きる気配もなく、布団に横たわっているユウが規則正しい寝息を立てている。三組敷かれた布団は同じ向きに並んでいたが、さすがにユウの隣で眠ることには抵抗があったのでマイは布団を引きずって移動させた。ユウの眠っている布団と直角になるように布団を敷いたマイはうつ伏せに転がって枕を抱く。そしてそのまま、マイはユウの横顔を見つめた。
(こうやってユウの寝顔見るのも久しぶりだなぁ)
二年生で同じクラスだった時は、隣の席から毎日のように見ていた。場所を選ばず深い眠りに落ちてしまうユウを起こすのが、マイの役目だったから。
(卓球やって疲れたのかな? 相変わらず、気持ち良さそうな顔して寝てるよね)
マイにとってユウの眠りは幸せの象徴だった。それはユウが、眠ることに幸せを感じているからである。ユウがそうした話を聞かせてくれた中学二年生の夏を思い返したマイは懐かしい気持ちになった。
(気持ちいいと幸せだよね、ユウ)
次第に体温で暖まってきた布団が眠りを誘い、胸中でユウに語りかけたマイは微笑みながら瞼を下ろす。室内の冷たさと布団の暖かさという最高の組み合わせが心地よいまどろみを生み出し、マイは幸せな気分で深い眠りに落ちていった。
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